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「しかしだ。計画にはアニェスさんがほぼ必須になった。多重思考(マルチ・シンク)は渡りに船だったわけだな」
多重思考(マルチ・シンク)を行える人間をライブラリの中枢に採用すれば、自立型(スタンド・アローン)という弱点を克服できるわけだ。
「ですけど、アニェスは祝福者(ギフテッド)として生きることはやめたんですよね。実験へ協力なんてしないんじゃ?」
「そこでだ少年。アニェスさんのご両親に政府は頼み込んだようだが、どうしても受け入れて貰えなかったらしい。だから――」
ヴィヴィは言いにくそうな表情になった。そこで俺は、彼女がこれから何を言おうとしているのか察してしまう。
「――事故で死んだことにした」
ヴィヴィはゆっくりと頷いた。
俺は静かに唇を噛んで、内なる義憤を抑え込もうと奮闘する。
「――そうだ。五年前、アニェスさんが出かける際に政府の公用車で彼女を撥ねて、事故を起こした。そして共謀していた病院に担ぎ込んで、用意していた別の遺体とすり替えたわけだな」
ヴィヴィはそこまで言い切り、小さく溜息を吐いた。
無理もない。彼女もかなりの場数は踏んでいるだろうが、それ故に今回の件の悲惨さも際立つのだろう。まだ十四歳だった女の子を撥ねて、実験体にする。そんな行為を行って、そこまでして計画を成功させたかったのか。
「私もこの事実を知った時は憤慨したよ。まだ幼い少女に、こんな残酷なことがあっていいのかと。しかし事実として起こってしまっている。我々にはどうすることもできなかった」
五年前。アニェスと約束した日。
彼女を待つ俺とは別に、他の思惑が動いていた。俺はいつまで経っても現れないアニェスを待っていて、その頃にはもう彼女は陰謀に巻き込まれていたのだ。
俺は血が滲むほど唇を噛み締める。
ふざけるな。歌が好きだった女の子を、ちょっと特別だからってそんな非人道的な扱いをして良いはずがない。
脳みそだけになった?
違う。きっと脳みそだけを取り出して、証拠になる肉体は廃棄したんだ。
いたいけな少女の肉体を、必要ないからと捨てて――
俺はヴィヴィの話を聞いて、更に燃え盛る内なる青い炎を抑え込まずにはいられなかった。
「君のその感情。本当に正しいものだ。この国は腐敗してしまった。だから我々は戦っている。自らの責任を取れない責任者など、この世で最も必要のないものだ」
ヴィヴィはそう吐き捨てた。
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