第五部 愛してるを歌にして

16/20
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/134ページ
 俺はゆったりとした動作で、アニェスに近づいていく。彼女は驚いたように、身を縮こませて叫んだ。 「こ、来ないで!」  だけど俺はその言葉に関係なく、ゆっくりとアニェスに近づく。段々と距離が縮まっていくが、アニェスが逃げることはない。  そして俺はアニェスの目の前まで到達する。怯えるような表情を浮かべた彼女を、俺はしっかりと抱き締めた。  人間にしては冷たく、硬い手触り。しかしそれは当然で、彼女の身体は今アンドロイドであるのだ。だけど俺はそんなこと関係なく、アニェスを抱き締める。 「ありがとう。五年前の約束を覚えていてくれて。すごく嬉しかったよ。俺はこのために生きていたんだって、そう思えたんだ」  優しく語りかける。  そうだ。俺は君が生きていることを信じてここまで生きてきた。それがなかったら、きっとどこかで俺は道を違えていただろう。  彼女の頭を抱くと、アニェスは小さく嗚咽を漏らし始めた。 「いい、の? 私は、ユウの傍に、いて、良いの――?」 「もちろんだ。君が罪の意識を感じているのなら、俺もそれを一緒に背負うよ。君はもう一人じゃないんだ」 「――ユウ――!」  アニェスはそのまま泣き出して、俺の胸に顔をうずめた。そもそも彼女はアンドロイドなので、涙は出ていなかったが。  もう大丈夫。これで、全てがうまくいく。  そう思った時だった。
/134ページ

最初のコメントを投稿しよう!