第五部 愛してるを歌にして

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「――! うぅ!」  突然、アニェスが苦しそうに声を上げた。  彼女は俺の胸から離れると、池袋の時と同じように頭を両手で押さえ始める。 「アニェス! しっかりしろ!」  彼女に近づくが、アニェスは俺の手を振り払って数歩後退した。 「――アニェス」  彼女は俯くと、すぐにゆっくりと顔を上げた。 その顔は悲痛そうに歪んでいて。 「逃、げて――ユ、ウ」 『お兄ちゃん!』  イヤーチップから、ルミの声が響いた。  考えうる事態ではあったが、かなり最悪のケースだ。恐らくアニェスは今、本体から干渉を受けていて、目の前の俺を殺すよう指示されているのだろう。 「ユ、ウ――」  小さくそう呟くと、アニェスは顔色を変えてこちらに襲い掛かってきた。  かなり俊敏な動きだ。回避が間に合うかどうか微妙なライン。 『避けて!』  ルミに指示されるまでもなく、俺は身体を倒すようにして回避行動を取る。するとすぐに俺の頭があった位置を、彼女の鋼鉄の腕が通り過ぎていった。  俺は床を転がりながら、グリズリーマグナムの引き金に指をかける。この拳銃を使えば、恐らくだがアニェスのボディを貫通させることができるだろう。  俺はすぐさま起き上がって、グリズリーマグナムを構えた。照準器が少し揺らいで、すぐにアニェスを延長線上に捕らえる。  俺は迷うことなく、引き金を引こうとして―― 『お兄ちゃん! どうしたの?!』  指先が震えている。それは全身に伝播したようで、奥歯も揺れていることに気が付く。  俺は、グリズリーマグナムの引き金を引けずにいた。 『その人はアニェスさん本人じゃないんだよ! 撃たないと、本当に殺されちゃうよ!』  ルミが絶叫する。  わかってる。わかっている。  だけど俺の視界に、もう一人のアニェスが横切る。それは俺が追いかけていたアニェスの影で、悠然と歩きながらアンドロイドのアニェスの隣に立って、俺の照準を狂わせる。  彼女はアニェスだ。  だから、撃てるはずない。
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