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「――! うぅ!」
突然、アニェスが苦しそうに声を上げた。
彼女は俺の胸から離れると、池袋の時と同じように頭を両手で押さえ始める。
「アニェス! しっかりしろ!」
彼女に近づくが、アニェスは俺の手を振り払って数歩後退した。
「――アニェス」
彼女は俯くと、すぐにゆっくりと顔を上げた。
その顔は悲痛そうに歪んでいて。
「逃、げて――ユ、ウ」
『お兄ちゃん!』
イヤーチップから、ルミの声が響いた。
考えうる事態ではあったが、かなり最悪のケースだ。恐らくアニェスは今、本体から干渉を受けていて、目の前の俺を殺すよう指示されているのだろう。
「ユ、ウ――」
小さくそう呟くと、アニェスは顔色を変えてこちらに襲い掛かってきた。
かなり俊敏な動きだ。回避が間に合うかどうか微妙なライン。
『避けて!』
ルミに指示されるまでもなく、俺は身体を倒すようにして回避行動を取る。するとすぐに俺の頭があった位置を、彼女の鋼鉄の腕が通り過ぎていった。
俺は床を転がりながら、グリズリーマグナムの引き金に指をかける。この拳銃を使えば、恐らくだがアニェスのボディを貫通させることができるだろう。
俺はすぐさま起き上がって、グリズリーマグナムを構えた。照準器が少し揺らいで、すぐにアニェスを延長線上に捕らえる。
俺は迷うことなく、引き金を引こうとして――
『お兄ちゃん! どうしたの?!』
指先が震えている。それは全身に伝播したようで、奥歯も揺れていることに気が付く。
俺は、グリズリーマグナムの引き金を引けずにいた。
『その人はアニェスさん本人じゃないんだよ! 撃たないと、本当に殺されちゃうよ!』
ルミが絶叫する。
わかってる。わかっている。
だけど俺の視界に、もう一人のアニェスが横切る。それは俺が追いかけていたアニェスの影で、悠然と歩きながらアンドロイドのアニェスの隣に立って、俺の照準を狂わせる。
彼女はアニェスだ。
だから、撃てるはずない。
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