第五部 愛してるを歌にして

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 俺はなんとなく悟ってしまった。  この曲を聞き終えてしまったら、彼女ははるか遠くに行ってしまうことを。  だから俺は、彼女の歌を遮ろうとした。  だけど、言葉が出なかった。  それほどまでに、俺はアニェスの歌を聞きたがっていたのだ。 『少年! 何があった! 地上に展開していたアンドロイド部隊が戦闘行動を中断して、歌を歌い始めたぞ!』  どうやら彼女の歌は、俺の歌でもあり、平和の歌であったらしい。  ルミがHUDに地上の映像を投影してくれる。  そこには技術研究本部に向けて跪いて、祈りを捧げるように歌うアンドロイドの姿があった。  しかし俺は、もうそんなことどうでも良かった。  目の前で歌い続ける、アニェスの姿。  それを見ていて、俺は自然と涙が溢れてしまった。  五年間、探し続けたもの。  長い間、俺は復讐のために戦い続けた。  アニェスを殺された怒りで。  アニェスを喪った哀しみで。  だけどようやく、彼女の歌を聞くことができた。  俺は涙を流しながら、アニェスの歌を聞き続けていた。  歌い終わったら、アニェスが消えてしまうことを知りながらも、  俺は彼女を止めることができなかった。 『いつかみんな手を取り合って、大空の下で笑い合えたら  いつか争いがなくなって、緑の大地に寝転がれたら  どれほど楽しいだろう、どれほど嬉しいだろう  でもきっと、私はあなたがいるだけで、それだけでいいの』  これは鎮魂歌だ。  歌が好きな少女のための、訪れなかった未来の物語。  彼女はきっと、こんな未来を望んでいたんだろう。  みんなが平和に暮らして、そして大好きな人が傍にいる。  そんな世界を、彼女はきっと、ずっと夢見ていたんだ。 『大きな哀しみに飲まれて、自分を見失うことだってあるでしょう  でも忘れないで、私はあなたの傍にいる、ずっと傍に居続けるから  だから最後に、ありがとう 優しいあなたに、ありがとう』  歌が終わった。  それと同時に、彼女の躯体が床に崩れ落ちる。  ホールの中心部にある機械が機能を停止させて、大部屋中に暗闇が舞い降りる。  崩れ落ちたアニェスの躯体の顔が、微かな光の中こちらを向いていた。  次第に光が失われていく飴色の瞳。  しかし彼女は最後に、とびきりの笑顔を向けてくれた。 「大好きだよ、ユウ」  その言葉だけが、暗闇に小さく反響していた。
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