温泉街道探偵

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温泉街道探偵

ここは熱海。 商店街の片隅の宝石店に店主・城宝透はいた。 そこにカップルが入店した。 「この店で1番高いものは?」 城宝は黙って後ろにあるショーケースを指した。 そこにはシンプルだが、どこか奥深い銀の指輪があった。 カップルは幸せそうに店を後にした。 同じく熱海。 可愛らしい牛乳瓶に入った「熱海プリン」、仔猫の舌の感触だと噂の「ネコの舌」・・・などなどお土産を大量に持った不審者・・・ではなく、名探偵の夏川結衣だった。 まだ限定ショーまで時間がある。 ふと、言い争う声が聞こえた。 声は宝石店から聞こえている。 ここは探偵として解決しなければ。 中に入ると、老人とカップルがいた。ものすごい形相で怒っている。 「どうしたんですか」 話を聞くと老人はこの宝石店の店主・城宝透といい、カップルは秋野心と富司祐と名乗った。 「ふむ、この店で銀の指輪を買ったところ無くなったということですね?」 こうたずねると富司祐は頷いた。 「はい、なので買った時に入った保険で全額返金を求めているんです」 「ですがそれはできないと言うんですね、城宝さん」 そうすると城宝は頷いた。 「ええ、無くなったのは客の責任ですから」 「では、指輪を付けていた秋野さん、何をしていましたか?」 少しうつむいて口を開いた。 「私はずっと祐くんといました。温泉に入って、温泉たまごを二人で食べて、お土産を買うために商店街に来たんです。あと、手を繋いでいました」 「なぜ指輪を買いに来た時に他の物も買わなかったのですか?」 「商店街での限定ショーまで時間があったので先に温泉に入ろうとなって。そうだよね、祐くん」 「ああ、そうだよ。温泉に入るときお土産が邪魔になったら困るしね」 以外とこの謎は簡単そうだ。さあ、名探偵お決まりの一言を。 「私には謎が解けました」 「本当ですか!」 「ええ」 「なぜ消えてしまったのか。それは盗まれたからです!」 今回も私が謎を解いてしまった。 「あの、探偵さん、何をいっているんですか?」 「え?」 「先程心が言った通り、僕たちは手を繋いでいました」 そういえばそうだったような。 しっかり考えなおさなくては。 そうだ、温泉だ。 「私には謎が解けました」 「今度こそお願いしますよ」 「ええ、まず秋野さん。あなたは温泉に入るとき重要なことを忘れたのではありませんか?」 「何をですか?」 「自分の温泉に入る前の行動を思い出してください」 「カゴの中に鞄と脱いだ服と腕時計を置きました」 「本当にそれだけですか?」 「そうですけど?」 「指輪は?外したのですか?」 「え、」 「秋野さんと富司さんは手を繋いでいたのですから一緒にいる時は盗まれるだなんてありません。温泉のときしか富司さんと離れないんです」 「そんな、」 「では、温泉に入っている間に盗まれたと言うんですか!」 富司が割りこんでたずねる。 「いいえ、私はそうは思いません」 「指輪を外したのなら、流石に気付くでしょう。大切な指輪なのですから」 「じゃあ、気付かれないうちに心の指から外したって言うのか!」 「ええ、私はそう思います」 「どうやって外しすんだ!絶対に心に気付かれるだろう!」 「いいえ、気付かれません。絶対に」 また、富司が声を荒上げようとした。そこに城宝が割りこむ。 「落ち着いてください。この調子だと埒があきません。しっかり説明していただきましょう」 「ああ、」 ようやく富司は落ち着いた。 「銀は硫黄と反応して溶けるのです。指輪は全て銀でできていました。硫黄が含まれる物といえば温泉ですね。おそらく、秋野さんは指輪を外すのを忘れたのでしょう。そして気付かずに銀の指輪と一緒にお湯につかってしまった。そうして、溶けて無くなったのです」 「溶けて無くなった!」 一同驚愕した。 「そんな、溶けただなんて」 秋野は自分のせいでとうなだれていた。 城宝が咳払いをして話を始める。 「これではっきりしました。指輪はあなた方の責任で無くなりました。全額返金はできません。ですが、注意をしなかった私にも責任があるので、三割返金致しましょう」 これで温泉街道探偵は幕を閉じたと思っていた。 私は宝石店を後にする。 腕時計は三時を示していた。 手元にあるチケットを見る。三時半開始と書いてある。 もう一度時計を見る。 三時を示している。 宝石店は商店街の片隅にある。 宝石店から大通りに出るのに十分、大通りを下るのに十五分、バスで移動すること十分。 もう間に合わない。諦めておとなしく帰ろう。 温泉街道探偵は幕を閉じた。
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