Saffron ─ サフラン ─

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そんなやり取りをしてる間に、車は朱雀院(すざくいん)邸が見えるところまでやって来た。 正門から車回しまでの両脇には一昔前までガス燈があり、上からの灯りで周囲を包んでいたのだが、今は道なりに沿って埋設されたLEDライトが下から四方八方を照らしている。 暗闇の中に大きくそびえる屋敷からは炎のような灯が洩れるものの、外壁に取付けられたオレンジのスポットライトだけが申し訳程度に建物の外郭を知らせていた。 ともすれば怪しい限りの屋敷ではあったが、現代の富裕層ではむしろこういった世俗離れの雰囲気を敷地や上物に持たせるのが流行(はや)りらしく、 可能な限りに(ぜい)を尽くした地味とも派手とも評し難い総黒御影石造りの建物は 街の人々から、 『艶々たる夜海に浮かぶ黒曜船のようだ』 と、その建造美を称賛されていた。 日中は全てが閉ざされるこの邸も、太陽が沈む夕方から深夜までは毎晩『夜会』が開かれており、飲み食いや情報を交換する目的で 朱雀院率いる一族の者たちが、 (時には選ばれた少数の人間たちも) 代わる代わるに集まり、賑やかな気配を満たし、 やがて日付が変わり、日本で丑三つと呼ばれる時刻になると、誰もが満足そうな笑みを湛え黒塗りの高級車に乗り込んで屋敷を後にする。 そこから明け方まで屋敷内では常駐する者らによって、深夜指定で届く荷物の受け取りや翌日の準備、片付け、庭師たちによる樹木の手入れなどが始まり、まばゆい太陽が本格的に空と地上に色をつける頃には敷地と建物内外の全てが再びひっそりと閉ざされるのであった。
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