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その日からしばらく呼人が外に出るたびに雨が降った。屋内に入れば止み、屋外に一歩でも降れば雨が降った。呼人が雷の愛し子なら、アマネは雨の愛し子だ。アマネの心がずっと泣いているから天が反映させている結果だ。
あまりの降られ具合に普段声をかけないクラスメイトに「大丈夫か?」と声を掛けられ、絶対に雨天回避したい運動部から試合の日だけは外に出ないでくれと懇願されたり、教師に手招かれ外に出れば「花の水やり、助かったよー」なんて感謝されたりする。元来、噂が独り歩きしているだけで温厚な呼人であるからこの雨をきっかけにじわじわと見る目が変わり始めた。
「落ち着かない……」
呼人は閉館中の図書室に忍び込み書棚の陰に座り込んだ。そりゃ一時期は見た目で判断するなとか、濡れ衣着せるなとか何かあるたびに憤っていたものだけど常態化すると怒りよりも諦めが、立ち向かうよりも無気力が勝っていく。そんな風に今まで過ごしていたから皮肉にもそれが呼人の日常になっていた。今更実はいい人だったんだね、と言われてもどういう顔をすればいいのかわからない。でも、それ以上に気になっていることは、
「謝った方がいいんだよな」
雨歌アマネのことだ。小学校1年生の時に転校してきてからずっと態度を変えない唯一の存在。彼女がいじめられているのはすぐにわかった。自分がされて嫌だったことは絶対にしたくない。もっといえば格好良く誰かを助けるヒーローに憧れていた時分だったから些細なことでも無視しないと決めた。
きっと最初は救いの手を差し伸べてくれる相手なら金髪だろうが、相手がどんな噂があろうが誰でも良かったはずだ。でもアマネは助けてもらうだけでは終わらなかった。呼人の本当の姿を見ていた。誰が何と言っても自分の姿勢を変えずに「呼人は悪くない」と言い続けている。そんな彼女に対して心にもない言葉を投げてしまった。きっと自分は他人の好意を信じるのが怖いのだ。
「あいつ、雨女の力、半端ないんだな」
あの夕立の次の日から自分限定で止まなくなった雨。鈍いことこの上ないがアマネの雨女というのをただ雨に降られやすい世間一般的に言われるものと同じだと思っていた。
「羨ましいと言ったら……最低だよな。同じくらい俺も雷に愛されていたいとか」
本当は誰かに愛されたいというだけかもしれないけれど人間を信じきれないでいる呼人には雷に恋慕する方が易しかった。耳にまだ遠い雷鳴が聴こえて窓の外を見ると大きな入道雲が下を黒く染め始めているのが見えた。雷の下に行きたい。呼人は初めて午後の授業をさぼることにした。幸いにも次は移動教室で殆どの人間が早めに移動して無人になっている。根が真面目な呼人は教師の机に『体調が悪いので帰ります。黙って帰ってごめんなさい 遊馬』と書いたメモを置き、ふと思い立ってもう1枚メモを書く。少し考えてアマネの靴箱に忍ばせ近くなった雷鳴に急き立てられるように呼人は学校を飛び出した。
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