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アスファルトの上に陽炎がゆらゆらと立ち上る最中をセーラー服を着た一人の少女が足早に歩いていた。
少女が後ろを振り返ると、こげ茶色の鋭い眼差しをした犬が直ぐそこまで迫りつつあった。
怖い……。逃げなきゃ!
「最近この辺りに野犬が出没しているようだから気をつけて帰るように」今日担任にそう言われた事を思い出した。
この場をどう切り抜けようかと考えを巡らせていると、突然視野の中に一匹の若い三毛猫が現れた。三毛猫は少女と野犬との間に入り込むと、
「ウゥーー!!」と、低音を響かせて唸る。そして、尻尾も大きく膨らませ、左右にバタバタと振り乱し、今にも飛びかかりそうな勢いで威嚇した。
三毛猫が更に身体を低くして再び唸ると、野犬は恐れをなしたのか、その場から逃げ出した。
助かった……。少女は安堵し、その場にぺたりと座り込んでしまった。
あ、そうだ。私、三毛猫に助けてもらったんだ。
そっと近づくと、先程の威嚇する様子とは違い穏やかな表情に変わっていた。よく見ると、背中の辺りに黒いハート形の特徴的な模様もあった。
「あなた、かわいい模様が背中にあるのね。助けてくれてどうもありがとう」
何か三毛猫にお礼がしたいけれど今日は何もあげられそうなものは持っていない。
「そうだ! 明日お礼におやつを持って来るからまた今日と同じ時間にここに来てくれないかな?」
そう話すと少女はこの後塾に行く予定もあるため、自宅へと帰った。
次の日学校が終わると少女は、三毛猫に会う為に約束の場所へと向かった。
しばらく待っていると、
「ミャー、ミャー」
鳴き声が聞こえた。
「昨日は本当にありがとう。ちゃんとおやつ持って来たよ」
そう言いながら、ネコネコチュールの袋を開封すると、早く頂戴と言わんばかりに三毛猫は少女の膝の上に前足を置いた。
一気にチュールを食べてしまった三毛猫。
「ごめんね。これ1つしかないんだ。また明日持って来てあげるからまたね」
猫は顔をすりすりと少女に擦り付けた。
少女が帰ろうとすると後をついて来る。少し困った顔をしながら、
「家には連れていけないの。また明日ね」
三毛猫が気になったが走って自宅へ帰った。
それから暫くの間、放課後は三毛猫と共に過ごす日々が続き、月が変わる頃にはすっかり仲良しになっていた。
ある日嵐がやって来た。放課後、三毛猫を探すが、暴風の中にその姿はない。
どこかに行ってしまったのだろうか? 怪我とかしてないかな? と、心配になった。辺りを探しながら家路に着いた。
自宅では普段よりも早く母が帰宅していた。
「珈琲一緒に飲む?美味しいチョコレート貰ったのよ」
母と一緒に珈琲を飲む事にした。そして、私は母に三毛猫について聞いてもらいたくなった。
「この前、野犬に会ってしまってどうしようかと思った時に三毛猫に会ったの。そして野犬を追い払ってくれて助けてくれたの」
「三毛猫が?」
「うん。身体も小さいのに、ウゥーー! って唸って守ってくれたの」
興奮気味にその時の状況を伝えた。
「その三毛猫がね、とってもかわいくて、背中に黒いハート形の模様があるんだよ」
それを聞いていた母は椅子から立ち上がり、とても驚いた顔をした。
「え!背中に黒いハートの模様があったって本当なの?」
「そうだけど……」
母が急に椅子から立ち上がってそんな事を確認してくるから驚いた。
「あなた、覚えてないの? むかし家で飼っていた三毛猫のラブちゃんも背中に黒いハート形の模様があったでしょ」
そう言って、家族アルバムを棚から探す。
「あった、ここを見て。子どもの頃のあなたのお友達よ」
そこに写っていたのは幼少期の私と年老いてはいるが、助けてくれたあの三毛猫に瓜二つのラブだった。背中の模様の大きさや位置までもそっくり同じ。
「え……! 助けてくれた猫の姿が、ラブちゃんと全く同じなんだけど!」
「そういえばラブちゃんが亡くなった日も今日と同じで嵐の日だったのよ」
悲痛な表情の母。
あっ!! 私そう言えば、亡くなる前にラブちゃんと約束してたんだ。大切な事を思い出した。
「ママ、私ラブちゃんが、死んで遠くに行ってしまうのがどうしても嫌で悲しくて、ある約束をしたの」
「約束?」
「うん。もしも生まれ変わることが出来たら、同じ姿で戻って来てね。お約束だよって」
当時の悲しみが蘇ってきて涙がぽろりと流れた。
「助けてくれた子、ラブちゃんの生まれ変わりなんじゃないかな? お家に連れて来ても良い?」
母は暫く考え込んだ。
「同じ位置にハート形の模様がある三毛猫……。やはりその子はラブちゃんの生まれ変わりなのかもね。いいわよ。」
「ママ、ありがとう」
早く探し出して連れて帰ろう。急いで傘を持ち駆け出した。
暴風雨の中、いつも三毛猫と一緒に過ごしていた広場を中心に名前を呼びかけながら必死に探し回る。
そして、空き家の物陰に小さな動く影を見つけた。
「ラブ!!」
ありったけの声を振り絞り名前を叫ぶ。
「ニャー……」
か細い声でグッタリした様子の猫がいた。
「あなたはラブなの?」
「ニャー」
今度は力強く返事をしてくれた。
「ごめんね、すぐ気づいてあげられなくて。ラブは前世の約束を果たす為に以前と同じ姿で生まれ変わってきてくれたんだね」
少女は持っていたハンカチでラブの身体を丁寧に拭いた。
「ありがとう。お家に一緒に帰ろう」
胸にラブを大切に抱えながら少女は帰宅した。
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