第1章 私が監督ってわからせてあげる!

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「んだと、ゴルァ!」  出会って早々の暴言に食ってかかったのは、投手の相南(あいなみ) (だい)。2年生エースとして、今夏の甲子園予選をひとりで投げ切った好投手である。冷静でふてぶてしいマウンドさばきが身上の彼だが、今ばかりはこめかみに血管を浮かべている。  自分よりひと回りもふた回りも大きな男に恫喝の声を上げられているにも関わらず、あやめは一切ひるむ様子を見せなかった。口元には不敵な笑みすら浮かべているくらいであった。  須垣 あやめは、2学期からスポーツ科の2年次に編入された転校生。始業式の今日、初めて泉南学園の門をくぐったばかりだ。泉南学園のスポーツ科は、基本的には推薦、もしくはセレクションを受ける必要がある。中途での編入生が入ってくるのは極めて珍しい事象である。  泉南学園に入る前は、藤冠大付属(とうかんだいふぞく)高校で野球部のマネージャーを務めてきたあやめ。藤冠大付属といえば、同じ神奈川県内の名門校である。近年の実績は特にめざましく、今夏も含めて4期連続の甲子園切符を得ている。あやめも恐らくはその実績を買われ、泉南野球部でも敏腕マネージャーとして力を発揮するためにスポーツ科に組み込まれたと思われていた。  実は、野球部におけるあやめの第一印象は悪いものではなかった。現在、野球部の女子マネージャーは川和(かわわ) 真知(まち)ひとりだけ。1年生でありながら忙しなくバタバタ動き回る真知の負担が減るのは、喜ばしいことである。  しかし、それ以上に――あやめは端整なルックスの持ち主であった。大きな瞳に長いまつ毛、ツンと上向きの鼻筋と、ぷっくりした唇。腰まで伸びた焦げ茶色の髪をツインテールにしてるのも似合っている。背も小さくて、スレンダー。制服をキチンと着こなす優等生然とした姿は、まるで人形に命が吹き込まれたようであった。  そんな美少女が、野球部にやってくる。『そういう』盛りの男子には、これ以上ないご褒美だ。練習前の部室は、あやめの話題で持ちきりだった。  ところが、校長と理事長を引き連れて野球部専用グラウンドに現れたあやめは、体操着ではなく、選手と同じスカイブルーの練習着を着用していた。そしてその役職は『マネージャー』ではなく、『監督』であるという。女子高生の監督のもとで甲子園を狙うという、正気の沙汰とは思えない事態。選手が反発に転じるのも、無理はなかった。
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