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第一夜
22時にバイトを上がって、最寄り駅に着く頃にはたいてい23時は越えている。
ちょうどその時間帯になると小腹が減るので、コンビニに寄って軽く夜食を買い、家に帰る事が俺のルーティンになっていた。
コンビニを出ると、ポツポツと雨粒が暗闇の中で地面に落ちているのが見え、俺は重苦しいため息をついた。
「マジか、雨が降るなんて聞いてねぇよ」
鞄に折りたたみ傘を突っ込んでいるので、濡れるような心配はないけど、気分がズシンと重くなった。
雨だから憂鬱な気分になるとか、そういうわけじゃない。
「絶対見ないようにする」
傘をさすと俺は、家路を急いだ。
俺の家の方向に向かう人はいないようで、視線を足元に向けながら黙々と歩く。
一軒家が立ち並んで、次に古いマンション、お洒落な無国籍居酒屋、駐車場、そして24時間営業のコインランドリー。
俺は傘を深く被ってそれを見ないようにした。
左側から強く感じる視線と気配。
雨粒に滲むかのような赤いコートに汚れた靴、左右に小刻みに揺れる長い黒髪の女がブツブツと何か囁いている。
その女は、コインランドリーの中にいるはずなのに、俺の耳元で聞き取れない言葉をボソボソと呟いていた。
雨の日にだけ現れるコインランドリーの女。
あの女の顔を見たら最後、あの女に気付かれたら最後、俺は死んだ父さんの言葉を思い出して雨に濡れるのも構わず、傘を放り出すと全力疾走した。
あの女はたぶん、俺に気が付いている。
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