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最終夜 前編
転職してから、この業界の仕事も板についてきたな。中堅になってくると、俺も新しいことに挑戦したくなってきた。
どの不動産仲介業者でも、買っても儲からない外れ物件というものがあるが、この会社にも持て余している物件がいくつかある。
難しい物件の契約に挑戦するというのが、俺の中で一つの目標になっていた。
その中で俺は、数年前にオーナーが孤独死して廃墟となったコインランドリーに目を付けた。
ここは過去に、一件の殺人事件と自殺なのか他殺なのかわからない不審死が一件発生した事故物件だ。事故物件サイトに掲載されているせいか、近所じゃ有名な心霊スポットになっている。最近、カップルが侵入して警察沙汰になったこともあった訳ありの場所だ。
二人とも心神喪失状態で見つかって、正気に戻らず病院送りになってしまった。
「それにしたってなぁ。どうやって鍵を開けてあそこに入ったんだろうな。ほんと若い時の黒歴史は下手したら人生詰むぞ」
見た目からして遊んでそうな男女だったので、空き物件に侵入して酒を飲んだり、いかがわしい事でもしてたんじゃないか。
もしかして、クラブで危ないクスリを過剰摂取して、偶然あのコインランドリーまで辿り着いたのかも知れない。そのままどちらかが正気に戻らなくなってパニックになり……なんて事まで考え出して俺は妄想を止めた。
「僕達の学生の時も、そういう奴らいましたよ。あそこお化けが出るって噂あるでしょ、彼女にいいところ……見せたかったんじゃないですかね」
「ああ、俺が学生の時にもいたよ」
中村はそう言うと、コーヒーを飲んで腕時計を見た。
昼飯を食べて、例の事故物件の下見に行くのに後輩のこいつも連れて来ることにした。
あの物件の修繕費用はどれくらい必要なのか、コインランドリーも撤去されずに残ったままになっているので、業者に見積もりも出さなければいけない。
「それにしても勇気ありますよね、先輩」
「何が」
「あの物件、会社のみんな嫌がってますよ。なかなか借り手がつかないし、客がついても契約する前に連絡がつかなくなって行方不明になったり、契約した次の日に自殺したりするんですから」
単なる偶然だ。
一昔前なら、事故物件は敬遠されたが近頃じゃ、好んで住む奴もいるし、幽霊がいたほうが商売繁盛するなんてことも聞いたことがある。
本当に幽霊がいるって言うなら、うちの会社にもいてほしいよ。
「中村、お前幽霊なんて信じてるのか」
「いや、僕は信じませんよ。だけどこの辺り事故物件が多くて気持ち悪いんですよね。ほら、育児ノイローゼになった主婦が飛び降り自殺した物件も近いし……あのコインランドリーの十字路も、雨の日に大学生が叫びながら飛び出して轢かれたって話も聞きました」
主婦の話は聞いたことがあるが、自殺も事故も毎日、日本中で起こってる。
そんな事をいちいち気にしていたら不動産業はやれない。実際、事故物件の多くは人の死とは関係ない場合も多いし、何かが起こるなんてことは無いんだから。
「お前みたいな信じやすいタイプは、なんでもかんでも結びつけてしまうんだよ。人間なんて大昔からいろんなところで死んでる。さぁ、仕事するぞ」
「あ。はい……すみません」
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