266人が本棚に入れています
本棚に追加
黒夜
———わたしとしたことが、呪詛を被るなど迂闊だった!!
ザザッ、ザッ……
白銀の美しい被毛、青い目をした獣が、夜の闇を駆け抜ける。
今夜は星ひとつさえ現れない——『黒夜』。
漆黒の帷はすっかりと降り、昏い森の中は一筋の光さえも見当たらない。在るのは銀の毛並みが草木を揺さぶる雑音と、『彼』の激しい息遣いだけ。
——種族の女と交わる、この姿でか!?
草の茂みに飛び起きた動物たちを散らしながら、彼は走り続けた。
闇のずっと向こうに草木が開けた場所がぼんやりと白く見える。
彼はそれを目指した。
喉の奥から迫り上がる燃えるような渇き……身体中が水の匂いを欲している。
——いったい、どうやって。
絶望感が押し寄せ、心を打ちのめす。
夢中で走るうちに、銀色の獣の目は既に人間の視界をなくしていた。
光が無くとも次第に瞳孔が慣れ、一里先までもが双眼鏡を覗いたようにひどく良く見える。どうやら鼻も効くようだ。
『ああ……』
彼は小さく声にならない声を発した。
目の下に在る水溜り。
その深く湛えられた水面を夢中で貪る。
乾きが癒えると——
獣の二つの青い双眸は、何も無い空を見上げた。
ブルッと肢体を震わせ、胸の奥底に意識を集中させれば、ムラムラと湧き立つような妙な感覚に囚われる。
……なんだ、これは?!
『ウウ、ウウウッッ——あああああ!!!』
頭の先からつま先まで稲妻が走るような痛み。だがそれはすぐに途絶え、豊かな被毛が白く滲みながら消えてゆく。
長く伸びる手足、銀糸であつらえた彼の着衣とともにがっしりとした体躯を次第に現し、そして最後に人の頭部が現れた。
はしばみ色の髪が、ぬるい風に流れる。
「も……戻れる、のか……?」
最初のコメントを投稿しよう!