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視線の下に彼は両手のひらを開き、凝視した。
「あいつの妖術……不完全じゃないか……」
手のひらで顔を覆う。
フツフツと込み上げる笑いを堪えるが敵わない。顔を覆っていた手のをそのまま口元に充てた。
「フ、ッ……」
これは願ってもない好都合だ、人間の姿に戻れるのだから。彼の胸中を占めていた絶望感が、みるみる安堵に変わってゆく。
——ならば、これからどうする?
『碧目の種族』と言えば……かのオルデンシア帝国皇室、皇女エリスティナ。
彼は獣の姿に戻り、北に向かって走る。
碧目の血を引く皇女に近づき、奪うより他はない。そして私の『能力』で、皇女の記憶を消し去る……。
国王の亡きあと、一刻も早くこの呪詛を解き、第一王太子である自分が王位に就かねばならない。
——この呪詛を解く為ならば何だってする——!
闇の森を駆け抜けながら、獣は青く澄んだ鋭い目をギラリと輝かせた。
*
*
「姫様。今夜は『黒夜』ですよ」
「マイラ……。空が真っ暗で怖いわ」
「早く眠ってしまいましょう……妖魔が来ないうちに」
「……妖魔?」
「黒夜には妖魔が出て、人間を獣の姿に変えてしまうのですって」
「へぇぇ……」
ベッドに入ると、メイドのマイラが柔らかな夜具をふわりと掛けてくれる。
「怖がらなくても平気ですよ。そんなものは迷信でしょうし、姫様には皆目、関係のない話でございますから」
「……あの闇のなかから、誰かの手が伸びてきそうね」
黒々とした空から身震いする身体ごと背けて——エリスティナ・レティロワイエ・オルデンシアは、母譲りの碧色の瞳をゆっくりと閉じた。
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