黒夜

2/2
前へ
/56ページ
次へ
視線の下に彼は両手のひらを開き、凝視した。 「()()()の妖術……()()()じゃないか……」 手のひらで顔を覆う。 フツフツと込み上げる笑いを堪えるが敵わない。顔を覆っていた手のをそのまま口元に充てた。 「フ、ッ……」 これは願ってもない好都合だ、人間の姿に戻れるのだから。彼の胸中を占めていた絶望感が、みるみる安堵に変わってゆく。 ——ならば、これからどうする? 『碧目(ろくもく)の種族』と言えば……かのオルデンシア帝国皇室、皇女エリスティナ。 彼は(けもの)の姿に戻り、北に向かって走る。 碧目の血を引く皇女に近づき、()()より他はない。そして私の『能力』で、皇女の記憶を消し去る……。 国王の亡きあと、一刻も早く()()()()を解き、第一王太子である自分が王位に就かねばならない。 ——この呪詛を解く為ならば何だってする——! 闇の森を駆け抜けながら、(けもの)は青く澄んだ鋭い目をギラリと輝かせた。 * * 「姫様。今夜は『黒夜』ですよ」 「マイラ……。空が真っ暗で怖いわ」 「早く眠ってしまいましょう……妖魔が来ないうちに」 「……妖魔?」 「黒夜には妖魔が出て、人間を(けもの)の姿に変えてしまうのですって」 「へぇぇ……」 ベッドに入ると、メイドのマイラが柔らかな夜具をふわりと掛けてくれる。 「怖がらなくても平気ですよ。そんなものは迷信でしょうし、姫様には皆目、関係のない話でございますから」 「……あの闇のなかから、誰かの手が伸びてきそうね」 黒々とした空から身震いする身体ごと背けて——エリスティナ・レティロワイエ・オルデンシアは、母譲りの碧色の瞳をゆっくりと閉じた。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

266人が本棚に入れています
本棚に追加