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「その『遺書』の内容。一国の王太子が綴ったものにしては稚拙過ぎる、何者かが裏で糸を引いているのだろう」
フッ、と黒の皇太子、アルベルトが鼻を鳴らす。
——後継争いとは聞いていたが、浅い。これでは王妃が自身の息子を後継に立てるための陰謀だと、みすみす明かしているようなものではないか。
「遺書には続きがあります。自身亡きあとのこと、王太子はオルデンシア皇女との婚約を解消すると。わたしは、これを伝えるために参ったのです」
レン……と、唐突に名を呼ばれて見上げれば、自分を見つめる皇帝の射るような目があった。
「皇女との縁談は——事情あって、亡きグルジア国王との間で秘密裏に進めてきた事、王太子には知らされていない。よってその遺書は偽りだ。だが遺された遺体までもが偽りかどうかは判断がつかぬ。自害ではないにせよ、自室で暗殺されたという事もあり得る」
「………っ」
皇帝の視線から目が離せないまま、レンが眉を顰めたその時だ。
「姫様!!——お待ちくださいッ」
開かれた双扉の向こうから侍従の声が聞こえ、皆が一斉に視線を向けた。
血相を変えたエリスティナが、銀色の獣を腕に抱え、双扉の前に立ち尽くしている。
「ティナ———…」
——聞いて、いたのか……!?
血の色を失ったのはエリスティナだけではない。皇帝をはじめ、皇太子二人も同じだった。
「お…………王太子、様が………」
何度も目瞬きをするうちに、美しい瞳からぽろぽろと零れ落ちるものがある。
頬を伝って落ちた熱い雫は、獣の額の上で弾けて。
獣はビクンと身体を震わせ、エリスティナを見上げた。
「婚約破棄って……王太子様が殺されたって……、どういう、こと………?」
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