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Until then
降り続いていた雨はいつの間にか霧となり、傘を差さない体にべったりとまとわりついてきた。早朝とはいえうだるような蒸し暑さもあり、駐車場から墓地までの短い距離を歩くだけで真新しいシャツが湿気で張り付く。
半年ぶりの訪問。両隣の墓に一礼した後、簡単に墓石を洗い流した。お盆からあまり経っていないためか、ほとんど汚れていない。しなびていた花立の花を取ると水を入れ替え、用意してきた菊の花を供えた。
好きだと聞いていた緑色の小洒落た瓶ビールを供え、線香に火をつける。一緒に飲みたいところだが、この後の運転を考えて瓶をカツンと合わせるだけに止めた。
結局息子とは一度も飲めなかった。成人してからは何度か誘われていたものの、仕事が重なり一度も飲み交わす機会は無かった。
いや、時間を作ろうと思えばいくらでも作れたはずだ。だが、離婚してからあまり面会してこなかった後ろめたさや、会うたびにたくましさを増す息子に対し照れくささがあり、ついつい疎遠になってしまった。元妻から新しい父親になついていると聞いていたため、息子が高校を卒業するまで会うのを極力避けてきたせいもある。
以来、高校卒業と共に不規則な仕事についた息子とは、年に一、二度短時間会うだけだった。
息子の休みに合わせればいつでも会える、いつかゆっくり飲もう。そう思っていた。そんな五年前の夏、突然の訃報。『いつか』が来ることは永遠に無くなった。
すまない。心の中で言い訳をすると、お供え物や線香を片付けて息子に別れを告げた。
墓石に背を向けると、死ぬまで生き切るヒグラシの鳴き声に紛れ、話しかけてくる息子を感じた。
振り返りたい衝動に駆られる。だが、息子に対し今まで一度も正面から向き合わなかった自分に、そんな資格は無いだろう。思いを振り払うよう足早に車に戻ると、いつか話せるその時を想い、イグニッションをオンにした。
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