プラネット・トーク

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プラネット・トーク

 彼の週末の楽しみは、父親からもらった鉱石無線機で交わす、彼女との通信だった。彼は週末になると寝たふりをして、ベッドの中で無線機をいじった。シーツからアンテナだけ出して、窓に向かって伸ばす。電波感度の良い場所を探り、チャンネルを合わせる。  入り乱れる宇宙線をかいくぐり、彼らの電波はようやくつながる。ノイズの向こう側から彼女の声が聞こえると、彼の胸は興奮でいっぱいになった。 「今はこっちも夜時間よ。反射光膜でね、木星の光を遮断するの」  木星の衛星・イオに暮らす彼女の生活は、地球にいる彼とは似ても似つかない。空いっぱいに見えるマーブル模様とはどんなものだろう。目が回らないのだろうか。いずれにせよ、人工的に光を遮断して夜を作らないといけないなんて、大変なことだ。 「いつかぼくも、木星の目を見てみたいな」 「そうね。そうなったら素敵ね」  彼女にはまだ一度も会ったことがないけれど、無線機のスピーカーから聞こえる美しい声は、彼を魅了するのに十分だった。  しかし、ある日を境に彼女は暗い声を発するようになった。会話もあまり盛り上がらない。理由を聞いても答えてくれない。ラジオ通信をはじめてから四年目のことだった。二人は二四歳になっていた。 「もうすぐ大学を卒業する。そしたら宇宙開発局に入る。きみを迎えに行く」 「そうね。そうなったら素敵ね」  彼女は暗いままだ。さらに半年が経過し、彼女は二五歳の誕生日を迎えることになった。誕生日まであと一週間。なんと言ってお祝いしよう。どうして一般市民は惑星外へ荷物を送ることができないのだろう。地球にしかない花で編んだブーケを贈りたいのに。  彼は彼女のことで頭がいっぱいだった。  誕生日まであと三日という時にそれは起きた。 「どうして落ち込んでいるの」 「私はもうすぐ二五歳になるでしょう」  次の瞬間、二人の間に嵐が起きた。強烈なノイズが鼓膜を揺らす。耳の奥をつんざく轟音に、彼はあわててヘッドホンを外した。  電磁嵐だ。それも特大の。地球と木星の間で起きたそれは、あらゆる通信機器を混乱させた。嵐は偶発的なものであり、宇宙開発局でも予測はできなかった。  通信が断絶する。一瞬の出来事だった。  彼が彼女の告白を聞くことはなかった。  ◇◇◇ 「イオではね、人の寿命は二五歳までと決められているの。これ以上、人類種が増え過ぎないように、地球外の人間には人工的な寿命があるのよ」  彼女は秘密を打ち明けると、「おやすみなさい」と言って通信を切った。通信が乱れていた彼のもとに届いたのは「おやすみなさい」の部分だけだった。それ以来、彼女が無線をつなぐことはなかった。  しかし奇跡が起きた。壊れた二人の無線機が彼女の言葉をリピートしたのだ。スピーカーは彼女の声で彼に語り続けた。彼はそれを彼女の言葉だと信じた。  彼女は法律に基づき二五歳で生涯を終えたが、その声は地球に届き続けた。 「ずっとこの通信が続いたらいいのに。もう、ぼくもきみも終わらせ方を知らないんだ」 「そうね。そうなったら素敵ね」  二人の通信は、彼が七三歳のある日に老衰で亡くなるまで続いたのだった。 〈終〉
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