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ハッとして、俺は顔を上げた。
雨宮先輩が分厚い本をスクールバッグに詰め込んでいた。
(この人、毎日これ持って登下校してんだよなぁ)
寝起きということもありぼんやり呆れていると、それは軽々と先輩の手で持ち上げられた。
「まだ寝ているようなら、これで叩き起こすつもりだった」
「恐ろしいこと言わんでください」
ギョッとして、俺は慌てて立ち上がる。
空は暗くなっていたが、雨は止んでいた。
さすがにそろそろ帰らなければ、と俺も鞄を手に取る。
「龍神君」
「竜助です」
「明日は、暇か?」
俺はドキッとした。
別に休日の誘いだからそうなったわけではなく、これは彼女のスイッチが入ったということだ。
「暇ならば、明日駅前の『喫茶ひまわり』に八時」
「八時⁉ 早過ぎません?」
俺が声を上げると、雨宮先輩は白い指先でクイッと黒縁眼鏡を上げた。
「登校時間と差ほど変わらないだろう。嫌なら別に来なくてもいい」
「いっ、行きますよ。どうせ暇ですし」
いつものように俺が答えると、彼女は満足そうに口角を上げる。
「部室の鍵を頼む。じゃ、また明日」
さらりと長い黒髪が揺れた。
「ちょっ……待ってくれたって……!」
俺の言葉は誰も引き留めることもなく、部室の引き戸を閉める音に掻き消されていったのだった。
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