斎藤家

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斎藤家

 窓を叩く雨音で目が覚めた。  カーテンを開ければ、空には灰色の雲が龍の腹のように畝っていた。  時折、空が光る。  と、遠くの轟音が微かに窓ガラスを揺らした。 「昨日の天気予報だと晴れだったんだけどな」  目覚ましをかけていた七時よりも一時間早く起きてしまった俺は、一階のリビングに降りる。  昨夜、帰りが遅かった親父はまだ寝ているようだった。 「母さん、おはよ」  俺はテレビ台の横にある母の仏壇手を合わせ、菊の花の水を変えた。  写真の中の母は、いつでも優しく微笑んでいる。  母と一緒に過ごした記憶は殆どないが、それを見るだけで俺はホッとするのだ。 (まだ出るまでに時間もあるし、今日は俺が朝飯作ってやるか)  冷蔵庫に残っていた人参と玉ねぎ、豆腐を味噌汁に入れ、同時に目玉焼きを作る。  味噌の仄かな香りがキッチンを満たした。  と、一階にある親父の寝室のドアが開く音がした。  大きな欠伸が近付いてきたかと思うと、親父――斎藤琉成(りゅうせい)はそのひょろ長い姿を見せる。  いつもセットされている髪の毛は、寝起きと雨の湿気からか爆発していた。  四十歳になる親父だが、俺と歩いていると大体兄と間違われるほど見た目が若い。 「おはよぉ……」 「おはよ。目玉焼きとお味噌汁できてるから。ご飯は冷凍庫のチンして」 「えぇ……僕、パンがいい」 「あぁん?」  俺が睨むと、親父は「ウソウソ」とにんまりしながら、手をひらひらと振った。 「いつもありがと。別に僕のことなんて気にしないで、先輩とデートに行っちゃえばよかったのに」 「なっ……デートじゃねぇし! てか、何で知ってんだよ⁉」 「竜が早起きしている時は、大抵デートだからさ」 「だから、デートじゃねぇ!」  さらに睨む俺を親父はクスクスと笑う。 「ほら、準備しなくていいのかい?」 「あっ、もうこんな時間か! 多分、夜までには帰ってくると思うけど、遅かったら先食べていいから!」  バタバタとリビングを出る俺の耳に、親父の「夕夏さん、おはよう」といういつもの優しい挨拶が聞こえた。
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