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その日、たけるがぼくの家に泊まりに来た。
これ自体は別に、全然めずらしくない。もともと、たけるの母さんとうちの母さんが親友同士だったとかで、ぼくらは小学校に入る前からお互いの家に泊まることが多かった。その関係で、たけるは未だにぼくの家にしょっちゅう泊まりに来ていたし(本当にしょっちゅう、だ。夏休みに入ってからは一週間に一、二回くらい来ている気がする)、今日泊まりに来ても不自然じゃない。
だけど、今日たけるに泊まりに来いといったのはぼくで、これは作戦のうちだった。
晩御飯を食べながら、ぼくはさも今思い出した、というように母さんにこう切り出した。
「あ、そうだ。母さん。今日、宿題やるからこのあと外にでていい?」
「宿題? なんの」
晩御飯のナスのでんがくを食べながら、母さんが首をかしげる。ぼくはおみそ汁を飲み干して、
「理科のだよ。宿題一覧のプリント、渡してたでしょ? その中に書いてたじゃん。夏の星座を見てみよう、ってやつ」
「あー、あったわね。あ、ほんと」
母さんは自分のすぐ後ろにある冷蔵庫を振り向きながらいった。冷蔵庫には、ぼくの学校関係のプリントがはってある。
「一人で行くの? 夜は一人じゃ危ないでしょ」
「こーすけたちと一緒。たいちの兄ちゃんが来てくれるって」
たいちはクラスメイトのしっかりもので、その兄ちゃんは高校生だ。こないけど。呼んでないし。
「ああ、こーすけくんと。いいわよ、いってらっしゃい。あんまり遅くならないように気をつけてね」
「わかってる」
よし、ここまでは成功。もちろん、ここまでは失敗るわけもない。
問題は、ここから先。
ぼくは隣でごはんを食べていたたけるに、小さく目配せをした。たけるは、はっと気付いたようにお茶わんを置く。
作戦、スタートだ。
「ひろと、どっか行くの? たけるも行きたい!」
よし、上手いぞたける。
ぼくはたけるの言葉に、嫌そうな顔をしてみせる。
「嫌だよ。なんでたける連れて行かなきゃなんないんだよ。ぼくは遊ぶんじゃないぞ、宿題なの」
「やだ、たけるも宿題する!」
「二年坊には必要ないの」
ぼくはぴしゃりと言って、食べ終わったお茶わんを重ねて、流し台にもって行く。
たけるはぼくの後を追いかけて、イスから飛び降りて、お得意の両腕ブンブンをはじめる。
「たーけーるーもーいーくーのー! ひろとずるい!」
「ずるくない! うるさいな、わがまま言うなよたける!」
ぼくが怒鳴ると、たけるは今にも泣き出しそうに顔をゆがめた。
う。ちょっぴり罪悪感。……いや、これは作戦のうち。演技、演技。
「母さん、たけるがわがまま言う。なんか言ってやってよ。ぼく、嫌だからね。たけるなんてつれてったら、笑われるじゃん」
「たけるもいくのお!」
たけるはそう言ってうそ泣きをはじめた。振り回した両腕を武器にするみたいに、ぼくを叩いてくる。ぼくは顔をしかめて、助けを求めるように母さんを見た。
「母さん!」
「いいじゃない、連れて行ってあげなさいよ」
――よし、作戦どおり!
ぼくは内心でガッツポーズを作った。だけど顔はしかめたまま、振り回しているたけるの手を抑える。
「ヤだよ。ぼく、宿題でするんだよ? たけるなんて邪魔!」
「邪魔とか言わないで、ちゃんと面倒見てあげなさい。あんたもう六年でしょ」
「えーっ」
「たけるもいくの、たけるもいくの!」
母さんと、たけるの二人にはさまれて、ぼくはとうとう根負けしたように、大きくため息をついてみせた。
「……わかったよ。連れて行けばいいんでしょ、連れて行けば!」
――作戦、成功。
ぼくとたけるは、母さんから見えない位置で、こっそりお互い親指を立てた。
あの時、もしぼくから「たけるも連れて行っていい?」ってきいてたら、母さんはたぶんノーと言ったはずだ。だけど、ぼくが嫌がってみせたことで、「一緒に行く」というたけるのわがままを、「絶対連れて行かない」というぼくのわがままにすりかえたんだ。そうしたら、わがまま合戦。二年のたけると六年のぼくじゃ、ぼくのほうが負けるに決まってる。母さんは自然、ぼくのわがままをダメっていう方向に動いて、結果たけるのわがままをオーケイしたってわけ。
つまり、これをやるにはまずたけるが「たけるも行く」って言い出さなきゃ出来ないわけで、だから泊まりに来てもらったんだ。
ばっちり作戦どおり。大人なんて、ちょろいもんだ。
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