第二章【キィ】

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 右。左。右。左。右。左。  同じ間隔、同じタイミングで、順番に体の重心をきちんとのせて。そうするとボードはぐんぐんスピードをあげて、ぼくの体を運んでくれる。  ぼくらが住んでいるここ、角野町は海が近い坂の町だ。山も近くて海も近いから、町中はけっこうな割合で坂道が多い。学校とかは山辺にあるから坂の上、坂を下っていけば海に辿り着く。  だからかな、時々、砂場からシーグラスが出て来る事もある。シーグラス、は海でよく見かける、角が円いすべすべしたガラスのこと。波に削られて、角がなくなるらしい。風向きによっては、五番街まで潮風が届くこともある。今はほとんど無風だけど。  キリン公園を出て並木道とは反対に進む。すぐに左に曲がっていくと、学区外になった。この辺りは坂がきついから、ボードも速くなる。横滑りを入れたりして、スピードをコントロールしながら、ぼくは海に向かって進んでいた。すぐに、ぐるっと円をえがく長い坂道に辿り着く。沿岸線の道だ。  かかとをつかって、動きを止める。カツン、と跳ねたボードを右手で押さえた。  沿岸線の端、白いガードレールに寄っかかって身を乗り出すと、鼻先に潮の匂いがした。眼下には黒い海が広がっている。この道から先は、急に崖みたいになっている。下には、少しだけ道があって、すぐに海になっている。この沿岸線にそっていけば、遠回りしながら海辺につくのだけれど、まぁそこまで行く必要もないだろう。  この沿岸線の道にいくのは、大人はけっこううるさい。確かに、崖みたいになってるし、ガードレールは等間隔においてあるだけだから、所々あいてるスペースがあるんだけど。――けど、そこから落ちる奴はいないだろ、いくらなんでも。 「うーん」  海の辺りには、特に変化はないみたい。船――もなくはないけれど、いつもの漁船だと思うし、探しているのはこれじゃあなさそう。  さて、と。ぼくは進行方向を変えて、キリン公園のほうを向いた。ここからは上り坂。ブレイブボードのままだと、けっこう面倒だったりするけど、まぁ、ぼくは慣れてる。  下りよりもっと早く漕ぎながら来たときと同じ道を辿って行く。何気なく空を見上げると、夏の第三角形が見えた。宿題、終了。  そして、そのままキリン公園の付近まで来て――ぼくは、見た。  キリン公園のすぐそばの、大きな木。  その木の枝と枝の間に――  一抱えぐらいの円盤が、挟まっているのを。 「……」  思わずボードから飛び降りて見上げていた。銀色の鈍い光りかたをした、ドラ焼きみたいな形の円盤。  船、っていった。たしか『彼女』は船といった。  船の形を想像していたぼくらにとって、それはあまりに違いすぎた。だけどある意味では確かに、船。  ただしその前に――『宇宙』ってついちゃう。 「……」  どっくんどっくん、心臓がうるさいほど高鳴った。  まさか。まさかまさかまさか。  いやでも。でもでもでも。  頭の中で、そんな声が二重奏して言い争う。だけどしまいに、どっちを信じていいのかぼく自身が判らなくなって――ぼくはシャっと勢い良く滑り出して、キリン公園の中に入った。  きょとんとしてこちらを見るみんなに、ぼくはちょっとだけ震えながら、こう言ったんだ。 「変なもの、見た」  ……ってね。  ぼくの意味不明な報告を受けた三人は、それでもぼくの示す場所まで来てくれて、それから四人そろって沈黙した。 「……確かに、変なものね」  久野が、呆然とした口調で呟く。あいまいに、こーすけとたけるが頷いた。それから、どうするどうすると言いあって、結局こーすけがそれをとってみることに決まった。  一番下の枝に、右足をかけて、ゆっくり木を登って行く。下のほうにはあまり枝がなくて、こーすけは少し昇りにくそうにしていたけれど、中間を過ぎれば昇りやすくなったみたいで、すいすい円盤に近付いていく。  すごい、こーすけ。  何がすごいって、びびってないのがすごい。  ……ぼく、怖かったよ? あんな意味不明なもの、見せられて。いや、言わないけど。  ぼくらが見上げているうちに、こーすけは円盤にたどり着いた。いつものおちゃらけた様子じゃなくて、さすがに少し顔が強張っている。 「どおー? こーすけ!」 「……生きとるみたいや!」  い、生き……?  ぼくと久野は、思わず顔を見合わせる。船が、生きている? そんなバカな。 「なんかあったかいねん。生きてるっぽいカンジ。よう判らんから、とりあえず下におっことすで!」  こーすけはそういって、枝を両手でしっかり握った。そのまま、全力で円盤を――蹴り落とす!  どん――って音を予測して、ぼくらは身構えていたんだけれど。  意外なことに、音は全くしなかった。並木道の舗装された地面に、円盤は音もなく舞うように落ちた。  その後を追うように、こーすけも木から枝を伝って降りてくる。中間を過ぎると、後は飛び降りて、そのままぼくの隣に並ぶ。  円盤は、一抱えほどの大きさだった。  表面は鈍い銀色で、まさにドラ焼きみたいな形。上の部分と下の部分が合わさるところに、赤い宝石みたいな光るものが転々とはめ込まれている。大きいのは、大きいけど……船の大きさじゃ、ない。もしこれに入ろうとするなら、三角すわりしなきゃいけないっぽい。 「これ……なのかな?」 「さあ」  疑わしそうな久野の言葉に、ぼくはあいまいに首を振った。こーすけと顔を見合わせる。こくんとつばを飲み込んで、そっと表面に手を沿えた。  ふしぎな感触がした。こーすけの言っていたとおり、確かにあたたかい。ちょうど人肌くらいか、それより少し温度が低いくらいだ。かたいようで、やわらかい。やわらかいようで、かたい。そんな感触。そうだな……人の肌がかたくなったら、確かにこれに似ているかもしれない――と考えて、ちょっと気持ち悪くなった。  表面を少し叩いてみた。中がつまっているのか空洞なのかを確かめようとしたんだけれど、それもいまいち判らない。返って来る反応は、表現のしようがないふしぎなものだった。匂いも全くしない。 「うーん……」  ぼくらがそろって首をひねった、そのときだった。
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