第三章【夏休み】

3/7
前へ
/42ページ
次へ
 地元民しかこない海岸の中でも、さらに人気の少ない海岸の端。もともとはぼくとこーすけの遊び場だったそこに、久野とたけるとキィを連れて行く。  満ち潮になるとその場所はなくなってしまうのだけれど、引き潮の今はちょうどいい具合に遠浅の海。ざんざん打ち寄せる白い波しぶきをけり上げながら、みんなで遊ぶ。  キィにも姿を現してもらってね。  いちご模様の水着を来た久野もメガネを取って、一緒に遊ぶ。ぼくとこーすけはゴーグルをつけて、どっちが長くもぐっていられるかの素もぐり競争をした。 「いっせーのー、せ!」  バシャン!  こーすけと同時に海にもぐる。きらきらした光の網が、頭の上、水面で太陽をおどらせている。  冷たい海水の中、息を止めていると、隣から肩をとんとんと叩かれる。  ……?  振り返ってみて――ぼくは思いっきり息を吹きだしてしまった。  こーすけがブタ鼻に白目というすっげーアホ面をしていたんだ。 「ぶはっ……!」 〝ひろと、五秒三二。こーすけ、六秒五。こーすけの勝ち〟  酸素が一気になくなって、ごぼごぼっと白い息を吐き出しながら海面に顔を出したぼくに、キィが静かに告げてくる。こーすけはぼくより少し遅れて、海面に顔を出した。  潮っ辛い水を咳と一緒に吐き出しながら、隣に上がってきたこーすけに水中でケリをかましてやる。 「げほっ……てっめ、こーすけ! 反則だぞ!」 「ルールなんか決めてへんやん。オレなんもしてへんもーん」  へらへらっと笑うこーすけにつられるように、そばに立っていた久野と浮き輪で浮いていたたけるも笑ってる。けらけらと、大きな声で。  ……なんだ。久野もこういう笑い方、出来るんだ。いつもつんけんして、やな奴だと思ってたけど。 「……どーかした?」  ぼくの視線に気付いた久野が、笑顔のままで聞いてくる。いつもの、メガネの奥からじゃない、何にも覆われてないそのままの茶色い瞳と、日に焼けてるくせに、ぼくらよりは白い顔で。 「……なんでもない」  水着姿の久野からあわてて視線を外す。と、隣に立っていたこーすけが、ぼくの耳にささやいてきた。 「いやん。ひろとくんたらえっちぃー」 「!」  がんっ! と反射的にこーすけの腹に全力でケリをお見舞いしていた。 「げはっ!?」  後ろにバシャンとしぶきを上げて倒れるこーすけに、久野とたけるが目を丸くする。  起き上がったこーすけは、それでもニヤニヤ笑いをやめようとしない。久野には聞こえないように、小さな声で言ってくる。 「おっぱい星人ー。こーふんして、ち――」 「死ね! いーからおまえは一回死ね!」  こーすけの頭をつかんで、海面に押し付けた。このやろう、一回死んで来い!  がぼごば水を吐き出しながらばちゃばちゃしているこーすけを見て、その頭を押し付けているぼくに久野があわてて止めてくる。 「ちょ、ちょっと片瀬、やりすぎやりすぎやりすぎ!」  う。  久野の冷たい手が、腕にさわってきて水がしたたった。一瞬こーすけの頭から手をはなした隙に、こーすけは顔を出して思いっきり息をすっていた。 「ひろとやりすぎや、ほんま死ぬやん!」 「るっさい! 自業自得だ、ボケ!」  水につかっているキィは相変わらず無表情に、ぼくらに聞いてきた。 〝一回死ね、とひろとは言ったが、あなたたち人間は二度生きることが可能な生命種なの?〟 『……』  あまりに素直なキィの言葉に、ぼくらは水でびしゃびしゃになりながら顔を見合わせて、一瞬言葉を失って。  それから、太陽に届くぐらい大きな声で笑った。
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加