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「ねぇ、ねぇ、ひろと、ひろと!」
ぼくに手を引っ張られながら、ぜえぜえ息を弾ませて。顔も真っ赤に染めながら、それでもたけるは口を閉じようとしなかった。開いているほうの手は、無意味にバタバタ空気をかき回している。
「あの人たち、わるもんなの? 海賊? これ、これ、本物のたから箱のカギなの? ひろと!」
たけるは、本当に「なの?」が多い。口ぐせみたいなもんで、いっつも聞いてくる。いつもだったら、ぼくはちゃんと答えてあげるんだけど(時々てきとうなこともある)、だけど、だけどさ。
「知るかよおー!」
ぼくはわけも判らず叫んでいた。っていうか、判るわけないってこれ。こんな状況で、たけるの「なの?」になんて答えてられるか!
――と、そこまで頭の中でぐるぐるしてから、ふとたけるの言葉をもう一度リピートする。
……あの人たち、わるもんなの?
……あの人――「たち」?
「……たち?」
「たち」
セミのせいでミンミンうるさい並木通りを一生けんめい走りながら、思わずぼそりと呟いたぼくの言葉に、たけるがなんのためらいもなくこっくりした。
「ほら」
そう言って、後ろを指さす。ぼくは振り返って――
「……」
振り返らなかったことにした。
見たくない。見たくない。ってか、見てない。見てないぞ。同じ顔と格好のマフィアが三人も追いかけて来ているなんて!
ミンミンミンミン、セミがわめきたてる並木通り。とりあえずぼくは、こう決めた。
考えるな。今はとりあえず、逃げ切れ。
一瞬、たけるの握っている鍵を渡す、って考えも出たけど、即行二重線で取り消した。
ヤだ。絶対、絶対、いやだ。なんか理由はないけど、とりあえず――いやだ!
スニーカーなのがもどかしい。いつもみたいにブレイブボードをもってたら、ずっと速く進めるのに。いや、その場合、たけるどうしようも、ないんだけど。
真夏の太陽がじりじりぼくらを焼いてきて、汗がぶわってふきだしてきた。どれくらい走ったかわからないけど、百メートルくらいは全速ダッシュしている気がする。足とおなかが痛くなってきて、ぼくもたけるもそろそろ限界になってきた。みるみる速度が落ちていって――
「うわぁっ!」
後ろで、たけるの悲鳴が聞こえた。あわてて振り返ってみたら、たけるの服のフードに、マフィアその一の手がかかったところだった。たけるがあわあわしながら両手を振り回している。
気味の悪いひび割れた声で、そいつが言う。
〝鍵を渡して貰おうか、坊や〟
「こ……のっ!」
ぼくの全力チョップは、マフィアその一の手をゆるめさせた。その隙に、ぐいっと強くたけるをひっぱって、なんとかマフィアたち(同じ顔。ついでに無表情。気持ちわるい)から逃れる。ついでに、マフィアその一をけっ飛ばしたら、上手く決まった。バランスを崩したマフィアその一はすっ転んで、他の二人を巻き込んだ。
ざまあみろ!
少しだけ、マフィアたちとの距離がひらいた。でもそれも、時間の問題だ。走りながら振り返ってみたら、もう全員起き上がっている。まずい。
息をはずませながら、ひたすら並木通りを直進する。と、ふいに通りがきれて、目の前には角野第二公園の緑のフェンスが見えた。
どうする。右に行けば学校、左に行けば図書館だ。どっちにいく!?
そう考えて、ぼくはあることを思い出した。――いちか、ばちか、やるっきゃない!
「たける!」
へろへろになりながら、たけるがぼくを見上げてくる。
「お前、あそこのフェンスの穴、通れたよな!」
そうなんだ。第二公園のフェンスの下のほうに、小さい穴が開いている。第二公園の入り口はこっからちょうど反対側なんだけど、その穴をくぐれば中に入れる。
もっとも、たけるくらいならともかく、ぼくは通れない。穴が小さすぎるんだ。
たけるがよく判らない顔で、それでも頷いた。ぼくはそれを確認してから、ぐいっとたけるの背中を押した。
「くぐって、通りぬけろ!」
たけるは半分言われるがまま走り出して、フェンスの穴に飛び込みかけて――それから、気付いたように振り返った。
「ひろとは!? ひろとは大丈夫なの!?」
「いいから、早く!」
ぼくの言葉に、たけるは一瞬だけためらったみたいだった。だけど、ぼくが頷いてやると、決心したみたいに穴に飛び込んだ。
たけるの姿が見えなくなる。
それを確認してから、ぼくは足を止めた。
目の前にはフェンス。後ろには、マフィアたちが迫ってきている。
絶体絶命?
――まさか。
誰も見ていないのは判っていたけど、なんだか楽しくなってきた。
フェンス確認。その下の花壇確認、隣の郵便ポスト確認。障害物、なし!
ぼくは少しだけ下がって、フェンスから距離をとった。すう、は、と深呼吸。
それから――だっと走り出して、地面を強く蹴った!
まず、花壇に足をかける! ――成功! さらに強く、蹴る! 反対の足をポストのてっぺんに――成功! もう一度――ポストの赤い頭を、蹴った!
ガシャン――!
フェンスのてっぺんに手が届いた。あっつ……! 太陽のせいで、焼けて熱くなっていた。とりあえずガマンして、フェンスをよじのぼる。太陽がきらりと、眩しかった
フェンスのてっぺんに上ると、マフィアたちがぼくを見上げる姿が見えた。視線をずらすと、大口開けて見上げているたけるの姿。
ぼくはきゅっとくちびるを結んで、たけるのほうへ向かってジャンプした。
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