第三章【夏休み】

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 ふいに久野がキィにそう問い掛けた。キィは一瞬沈黙して、少ししてから言葉を選ぶように続けた。 〝〈マザー〉と言う名称は、あなた達の言語に照らし合わせて一番近いものを推測してつけた。本来のわたしそのものであり、わたし――キィとリンクしている存在〟 「……ええと。あの――」  こーすけが呟きかけて、周りを気にするように声を抑えた。 「宇宙船のことか?」 〝物理的にはイエス、本質的にはノー。あれに搭載されているもののこと〟  キィの遠まわしな言い方に、いつかと同じ「言いたくない」気持ちを感じ取って、ぼくらは少しだけ言葉を止めた。やめようと言うように、視線を交わしあう。  久野が話題を変えるように、パネルを示した。 「ねぇ、キィ。あなたはこの――銀河系以外の銀河を見たことがある?」 〝うん。わたしたちはここ以外の銀河に存在していた〟 「へぇ……」  キィは、太陽系の外、銀河系の外からやってきたってことだ。たけるが目をぱちくりさせて、すぐに大きな笑顔をみせた。 「すごいねぇ、キィ。じゃあキィは、ありえないくらい遠いところから来たともだちなんだね」  たけるの言葉に、ぼくとこーすけと久野も思わず目を丸くした。そうだ。そう考えたら、すごいこと。  となりのマゼラン銀河だったとしても、十七万光年も彼方からやってきた友達になる。アンドロメダ銀河なら二百三十万光年、もしかしたらそれ以上遠い場所かもしれない。  そんな遠い場所からやってきたキィと友達になる確率なんて、それこそ文字通り天文学的数字になるはずだ。 〝ともだち?〟 「そうだよキィ。あたしたち、すごい確率でともだちになったね。すごいね」  うれしそうに頬を染めた久野のささやきに、キィは一瞬だけ言葉を切って、少しして頷いた。 〝うん。うれしい。ありがとう〟  砂場の鍵は、遠い宇宙とのともだちをつくってくれたことになる。まるで、砂場で見つかるシーグラスが、海と繋がっているみたいに、砂場の鍵は宇宙と繋がっていた。  ぼくたちはなんだかうれしくなって、みんなで笑顔をこぼしたんだ。  海岸で行われる花火大会にも、みんなで行った。  久野は、ピンクの浴衣を着てた。そういえば、メガネのフレームもピンクだし、この間の水着もピンクだったな、と思って、ぼくはわたあめを食べながら歩いている久野に、聞いてみる。 「ピンク好きなんだ?」 「え? あ、うん。似合う?」  にこっと笑って、浴衣を見せびらかしてくる。前のほうでたけるとふざけあってるこーすけを確認して、ぼくは小さく頷いた。 「まぁ……うん」 「あは、ありがと」  久野はそう言って、にこっと笑った。屋台のあかりが、久野の横顔を明るく照らす。 〝ひろと、体温の上昇を感知したが、どうかした?〟  あああ……  胸に下げている鍵のままのキィにそうささやかれて、ぼくは頭を抱えたくなった。 「だまっててよ、キィ!」 〝了承した〟 「どーかした?」  鍵を握り締めているぼくに、久野がきょとんとした顔を向けてくる。 「……なんでもない」 「おーい。亜矢子ー、ひろとー。何しとんねん。ミルクせんべいかったら、いつもんとこ行くでー?」  ぼくらを振り返ったこーすけが、大きく手を振ってくる。ぼくは小さくほっと息をついた。  ミルクせんべいを買って、ラムネを買って、人がたくさんいる屋台が並ぶ海岸線から離れる。いつもの、人がなかなか来ない海岸の端に行って、そこでキィに姿を現してもらう。  瓶のラムネの玉を落とすと、シュポン、という涼しげな音とともに、白い泡があふれだす。こぼさないように口で受け止めると、鼻の奥がつんとした。 「ひろとー」  たけるがぼくを見上げながら、首をかしげた。 「鼻にしゅわしゅわついてるよ」  ……。  あわてて鼻をぬぐう。久野が隣で笑っていた。 〝それはこの星の流儀なの?〟 「そんなわけないでしょ!? キィ、判ってて言ってない!?」  白い姿のキィに叫ぶと、キィは少しだけ沈黙して――それから、相変わらず無表情に頷いた。 〝少し〟  こーすけが、ぶはっとラムネを吹きだした。
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