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こーすけ――菊地浩介と会ったのは、去年の四月。こーすけは大阪からの転校生だった。
一番初めの体育の授業で、バスケットボールをしたとき、いきなりバッチリ気があって、相手チームを二人で負かしたときからの親友だ。
あのときのわくわくは、今でも覚えている。こーすけのバウンドパスはぼくの手にすいつくみたいに入ってきて、ぼくのチェストパスをうけとったこーすけは、そのまま流れるみたいにツーハンドシュートを決めた。
ベスト・コンビだ。
こーすけはいつもパスを渡したい場所にいてくれるし、ぼくもこーすけがやりたいことは何となく、わかる。もっとも、そのせいか最近じゃあんまり、先生たちはぼくらを同じチームには入れてくれない。それでも、楽しい。相手がこーすけだと、どう動くかも判るから、ディフェンスも楽しいんだ。たぶん、こーすけも同じで、ぼくがパスを受け取ってドリブルをはじめようとすると、絶対いつも目の前にいる。
そんなこーすけの部屋に上がりこむと、ひんやりした空気がぼくらを迎えてくれた。クーラーの冷たさが火照った体に気持ち良かった。ぐったりしてるぼくらを見かねて、こーすけが麦茶も入れてくれる。海賊たちは家にまでは追ってこなくて、少しほっとした。
「……ていうか、おまえら何やねん?」
こーすけはベッドの上にあぐらをかいて、ベッドのすぐそばに座っていたぼくらに聞いてくる。
こーすけの部屋は六畳の和室で、縦に細長い。ふすまを開けたら正面に、ベランダへ続くガラス戸。右の壁際に勉強机とベッドがあって、左側には押入れと本棚と、テレビ。テレビゲームもおいてある。
「知らないわよ。片瀬とこの子が一緒で……何かヘンタイに追いかけられて、巻き込まれたの!」
ぼくとたけるの真正面、クッションに正座していた久野がイライラしながらそう言った。その言葉に、こーすけの目が丸くなる。
「いやん。こーすけ君知らなかった! 亜矢子ちゃんとひろとくんて、そんな仲やったん!? こーすけくん、ちょっとショックうl」
「違うわよ! 大体やめてよね、そういうの。気持ち悪いのよ、こーすけ!」
全力で久野が(久野って、亜矢子って名前だったんだ。しらなかった)否定する。
……いや、まぁ、いいけど、別に。
コップに入った氷をがしがし噛み砕きながら、ふと疑問に思ってぼくは顔を上げた。久野が男子を下の名前で呼び捨てにすることもめずらしいけど、それ以上にこーすけが女子を下の名前で呼ぶほうがめずらしいっていうかなんか気持ち悪い。
「――こーすけと久野って、仲良かったっけ?」
『いとこ』
二人で声をハモらせて即答してくる。ああ、そういうことか。
「じゃあ別に一緒に遊んでたってわけちゃうん?」
「偶然会っただけ」
「ふーん。そっか。よかったわ」
ぼくの言葉にあっさり頷いたこーすけに、ふと違和感を覚える。
よかった?
「こー……」
「それで?」
ぼくの言葉をさえぎって、こほんと咳払いをした久野が改めて言いなおしてくる。その声の冷たさに、思わず氷を呑み込んだ。かけらがちょっとだけ喉に引っかかって、ひりひりした。
「どう事態なのか、説明してよ、片瀬」
「……異常事態?」
「か・た・せ・く・ん?」
メガネの奥の冷たい目をぎらりと光らせながら、久野がスタッカートを効かせながらぼくにせまる。
いやでも。ものすごく事実だと思うんだけど。異常事態。事実。だって普通にありえない。砂場の鍵を狙うマフィアだの海賊だの、現代日本で普通にありえていい事態じゃない。普通にありえていい事態じゃないってことはようするに異常事態。これ、正解。それ以外にどう説明しろと。
「あのね、ひろとと砂場でね、カギほっててね、そしたらね、マフィアがきてね、海賊になってね、ひろとはジャンプして」
「たけるお願いだから黙ってて」
ぶんぶん腕を振り回しながら早口でまくし立てるたけるを黙らせて、ぼくは困って頭をかいた。
どう、説明するべきか。
「か・た・せ・く・ん?」
「判ってる、判ってます」
「つーかさぁ」
思わず後ずさりしていたぼくに、黙っていたこーすけが口をはさんだ。
「さっぱりわけわからんのやけど、オレにも判るようにしてくれると、こーすけくん嬉しいなぁ」
「だからね! ひろととカギをほっていたら金色でね、たから箱のカギだからマフィアがきて海賊になってね!」
「いや、たけるはええから。あとで聞いたるから。どないやねん、ひろと」
ぼくとよく遊ぶせいで、こーすけもたけるとは顔なじみだ。
じいっとぼくを見ている久野と、黙れ黙れと言われてぷうと頬をふくらませているたけると、なんだか楽しそうに聞いてくるこーすけを見て――
ぼくは小さくため息をついた。
「だいたい、たけるの言ってることで正解なんだけどね……」
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