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第二章【キィ】
最初に彼女を見たとき、色を付け忘れたホログラムみたいだ、っておもった。ゲーム雑誌で見たことがある、3D製作途中の絵。そんなかんじだ。
真っ白だった。別に、髪の色が白いとか、肌が雪みたいに白いとか、そういうんじゃなくて。判りやすく言えば、単純に『人間じゃない』白さ。
人間だったら、たとえ白髪とか外国人みたいな肌の白さとかでも、ちょっとは日に焼けてたりムラがあったりするもんだとおもうんだけど、そういうのもない。何より、何が変って影がないんだ。顔に落ちる影とか、でこぼこの部分にも前髪がかかっているおでことかにも、影がない。
全てが、まぶしすぎるほどに真っ白。
そう、本当に、色を付け忘れた3D映像みたいにね。
それに、彼女はあんまりにもきれいすぎた。年齢は、判らない。ぼくらと同じくらいにも見えるし、ずっと年上の大人の人だって言われても納得できる。身長は、この中で一番高いこーすけより、少し高いくらい。服は着ていなくて、マネキンみたいに白い裸の体。だけど、マネキンより――なん、ていえばいいのかな。ずっと……そう、生きている感じがする。それが、ちょっとドキドキした。
そういうのが全部合わさって、彼女はすごくきれいだった。六年の中でたぶん一番可愛い栗原さんより、きれい。TVタレントより、きれい。外国人みたいな顔立ちだけど、映画の女優さんより、ずっときれいだった。
人形じみた――っていえば、いいのかな。目とか鼻とかくちびるとか、そういうのがすっごく計算されたバランスの上で飾られているみたいに整っていて、ひとつひとつのパーツも、めちゃめちゃていねいに作られたプロの作品みたい。まぶたも瞳もくちびるだって、一切色がついていなくて真っ白なのに、怖いという気は全く起きなかった。不思議と、怖くなかったんだ。
ただ、ぼくらは吸いつけられるように、その真っ白な瞳を見つめていた。
ぼくも。こーすけも。たけるも。久野でさえも。
光が消えた後、いきなりこーすけの部屋の真ん中に現れた彼女に対して、驚くより怖がるよりも先に、見とれていたんだ。
――ドンドンドン! ギチ!
「っ!」
ぼくらを現実に引き戻したのは、ガラス戸が乱暴に叩かれる音だった。
いつのまにかぼくの腕にしがみ付いていた久野が、また小さく悲鳴を飲み込んだ。たけるが強くぼくの手を握ってきて、爪が手に食い込んでちょっと痛い。
こーすけはたぶん反射的になんだろうけれど――バスケのときみたいに、構えるポーズをとっていた。
部屋に現れたその彼女は、ぼくらをじっと見つめて、それからゆっくりたけるに近付いた。白い瞳を、たけるの右手に向けて、今度は左手をたけるに向かって差し出した。
たけるは、呆然としたみたいに彼女を見上げたまま、まるで夢でも見ているような雰囲気で右手を彼女に差し出して、鍵を――ずっと握り締めていた鍵を、手渡した。
ぼくもこーすけも久野も、止めなかった。というより、止めるということ自体、思いつかなかった。
彼女が鍵を手にするのは、あんまりにも当然に思えたから。
その白い彼女は、鍵を持っていない右手の人差し指を、カーテンへと向けた。一番近かったこーすけが、まるでそうすることを知っていたみたいにカーテンを開けた。
海賊が、まだそこにいる。
彼女は海賊たちを見たあと、鍵を持っていない右手の指を空中にすべらせた。
大きく円を描いて、それからその中にふしぎな模様を描く。彼女の指が通った先は、空中なのに浮き上がるみたいに光りだす。遊園地とかで売っている、夜になると光る、手首につけるブレスレットみたいな、あんな感じに。
そしてそれが出来上がったと思ったら、彼女は左手の鍵をその絵の中心にさした。光る絵は、まるで吸い付くように鍵に向かって集まってきて、鍵がまた光り始める。その光る鍵を握ったまま、彼女は鍵をゆっくりとまわした。
再び、光。
またまぶたの裏まで焼きつくすような強烈な光に、ぼくらは声をあげるひまもなくてきつくまぶたを閉じてうつむくだけだった。久野とたけるは、ぼくの腕で目をかばっているようだ。こーすけは判らない。けどこーすけなら、ぼくより上手に目をかばっているはずだ。
一秒、二秒……どれくらい、光が続いていたのかは判らない。あんまりにも眩しすぎる光のせいで、時間感覚まで吹っ飛んじゃったみたいだ。
それでも、ようやく光が消えて景色が戻ってきたとき、ガラス戸の向こうにいたはずの海賊たちの姿は、もうどこにもなかった。
ただ、ガラスを一枚へだてて聞こえてくるのは、ミンミンゼミが鳴く声だけだった。
夏の陽射しが、ガラスを通って部屋にはいってきている。
彼女はその光の中で、それでもやっぱり、白かった。
六畳の和室、こーすけの部屋。クーラーの音と、ベランダの向こうのセミの声。冷たい麦茶の中にあった氷が溶けて、小さくからんと音を立てた。部屋にはつけていないテレビと、テストプリントとかで大変なことになっている勉強机。ふすまの向こうからは、さっきの光には気付かなかったのか、おばさんの鼻歌も聞こえてくる。夕食の準備でもしているんだろう。カレーの匂いが鼻をくすぐった。
聞こえる音も、見える風景も、カレーの匂いも、何もかも『いつも』とかわらないあたりまえのものなのに。
その中で、白い彼女だけは『いつも』とは大きく違っていた。
海賊たちが消えて、彼女だけが残って。
ぼくらは、何も言えずにしばらく立ちつくしていた。無表情度では、さっきの海賊たちとあまり変わらない彼女と、面と向かい合いながら。
しばらくして、ようやく動きを取り戻したのは意外なことに久野だった。
ピンクのフレームのメガネの奥から、じっと彼女を見つめあげて、久野はぽつりと言ったんだ。
「あなたは、だれ?」
――ってね。
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