第7話 嫌われ令嬢は大学に通う

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第7話 嫌われ令嬢は大学に通う

 私は大学(アカデミー)に通うことになった。  ということは、学年は違うとはいえ、長兄ヨーゼフとマリア・イザベラとも接する機会が増えることになるわけだ。  などと考えながら歩いているとヨーゼフの姿が見えた。  どうやら少し離れたところで女友達と談笑しているマリア・イザベラの様子を陰から(うかが)っているようだ。  ──ヨーゼフ。いつからストーカーになった!?  早速声をかける。 「お兄様。(のぞ)き見とは趣味が悪いですわね」  ヨーゼフはマリア・イザベラに夢中になっていたようで、ギクリとして振り返る。 「何だ…アマーリアか…これは…そのう…イザベラ嬢に用事があって、声をかけるタイミングを窺っていたのだ」  ──本当かよ? 「お兄様。イザベラ様との仲はちゃんと進展しましたの?」 「進展も何も…私は…」  駄目だこりゃ。  私はモブなので、ゲームの進行状況を把握できていなかったが、全く進んでいないと見た。  ゲームには次兄のカール・ヨーゼフを攻略するルートもあるのだが、まさかそちらに進んでいるのか?  だがそちらは史実と違う結果になるので、ゲーム後の展開が読み難くなってしまう。  なにしろゲームは攻略したところで終わってしまうのだから…  ここは史実どおり長兄のヨーゼフと結ばれてくれた方が、私には都合がいい。  ここは無理やりにでもきっかけを作るか…  私はマリア・イザベラの方に歩いて行き、声をかける。 「イザベラ様。ごきげんよう」 「あら! アマーリアさんじゃない。聞きましたわよ。飛び級で大学(アカデミー)に入学なさったんですってね。素晴らしいわ!」 「これは過分なお言葉を恐れ入ります。ところで、兄のヨーゼフがイザベラ様を探していたようなのですが…あっ、ちょうどあそこにいましたわ。  お兄様。イザベラ様はこちらでしてよ」  ヨーゼフが仕方なくという感じでトボトボと歩いて来る。  ──ちょっと! 男子たるもの。もっと堂々と歩きなさいよ! 「やあ。イザベラ嬢」 「何か私にご用事ですか?」 「実は……そう…今度アマーリアが開くお茶会に招かれたのだが、よろしければあなたもどうかと思って…」 「まあ。招待してくださいますの?」 「もちろんです」 「喜んで参加しますわ。私、アマーリアさんとは一度ゆっくりと話がしてみたかったの」 「それでは、招待状は後ほど届けさせますので」 「承知いたしました」  マリア・イザベラは嬉しそうな顔をして去っていった。  私は(あき)れながらヨーゼフに言った。 「お兄様。私をダシに使うなんて…」 「すまん。アマーリア。その替わりお茶会のときには、必ず…な」 「絶対ですよ。私をダシに使ったからには絶対に告白してもらいますからね。じゃないと、私の方からイザベラ様にお兄様は告白もできないヘタレだって言っちゃいますからね」 「わ、わかった」     ◆  お茶会にはミミことマリア・クリスティーナも誘った。  3人では間が持たないと思ったからだ。  その点マリア・クリスティーナは、イザベラ様とは以前からの仲良しだから心強かった。  マリア・クリスティーナは二つ返事で引き受けてくれた。  そしてお茶会の日。  天気も良かったので、皇城の広大な庭にある東屋(あずまや)で開くことにした。  ヨーゼフは緊張してソワソワしている。  そこにマリア・イザベラがやってきた。 「アマーリアさん。本日はお招きいただきありがとうございます」 「こちらこそ。いらしていただき、嬉しいですわ」 「ヨーゼフ殿下。ご機嫌麗しゅうございます」 「ああ。今日はよく来てくれた」 「今日はミミも来てくれたのね。嬉しいわ」 「私もです。イザベラお姉さま」  そういうと2人は抱き合って喜んでいる。  ──これはこれは…女同士お熱いことで…  そして談話が始まったのだが、お茶会に出したお菓子やファッションの話題から入っていったので、ヨーゼフは会話に入れないでいた。  そのうち話題は学問の話になり… 「私、地動説というものが未だに信じられませんの。地球が丸くて回っているなんて…下にいる人たちは落ちてしまわないのかしら?」  ──はいはい。ヨーゼフさん。出番ですよー。  だが、ヨーゼフは(うつむ)いている。話題に付いていけていないらしい…  ここは仕方がないか… 「イザベラ様。それは下の定義によると思いますが…」 「足のある方が下ではなくって?」 「正解です。しかし、それはイザベラ様が下にいる人たちとおっしゃった者にも当てはまります。下にいる人たちもまた、地面、すなわち地球に足をつけて立っているのです」 「う~ん。そこが実感できなくて…」 「イザベラ様は、ニュートンが発見した万有引力というのはご存知でしょうか?」 「知識としては知っているわ。でも、そちらも実感できないの」 「では、ニュートン力学での慣性の法則はご存知ですよね」 「いちおう知識としては」 「慣性の法則からすると、静止している物体は外から力を加えない限り静止し続けます。例えば、このテーブルの上にあるティーカップやお菓子は静止していて、人間が持つなどして外から力を加えない限り動きません」 「それはわかるわ」 「しかし、ニュートンは見てしまったのです。木になっている静止している林檎が、外から力を加えていないのに地面に落下する様を」 「その話は聞いたことがあるわ。なるほど。万有引力で引っ張られてリンゴは木から落ちたのね」 「さすがはイザベラ様です。理解がお早い」 「そんなことはないわ。アマーリアさんの説明が上手いのよ。  じゃあ、地球が回っているというのは?」 「それはですね…」  なんだかんだで、物理と天体の話で盛り上がってしまった。  ヨーゼフは理解が追い付いていないようで、会話に参加してこない。  もう。しょうがないわね… 「あら。お菓子がなくなりそうですわ。侍女も気が利かないようで…。私、取って参りますね。お姉さまも手伝っていただけるかしら?」 「わかったわ」  マリア・クリスティーナも察してくれたようだ。  これでもう二人きり。背水の陣だ。  これでダメなら本当にチクるぞ。ヨーゼフ!  少し気まずい雰囲気が二人を支配している。 「二人きりになってしまいましたね」 「そうですね」 「そのう…イザベラ嬢」 「はい?」 「実は…君に言いたいことがあって…」 「何でしょうか?」 「一目見た時からあなたのことを好ましく思っていて…だから…そのう………結婚も視野にお付き合いいただけないだろうか?」  ようやくその言葉が聞けたとばかりに、マリア・イザベラは目を輝かせている。 「光栄ですわ。喜んでお受けいたします」 「そ、それはよかった」  ヨーゼフはホッと胸をなでおろしている。  そもそもこの話は、マリア・テレジアがマリア・イザベラの留学を画策した時点で、出来レースなのだ。  マリア・イザベラはその点はわきまえて留学してきたに違いない。  なのに、ヨーゼフときたら察しの悪いことこの上ない。  ──まあ。でも、結果オーライかな…  二人は、それから1年を経たずして結婚した。  実は、この結婚はマリア・イザベラの健康上の理由から不幸な結果で終わるのだが、それは将来の話である。
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