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第9話 嫌われ令嬢は御前会議に出席する
ある日。
マリア・テレジアに突然に呼び出された。
何事か見当もつかない私は、戸惑い気味に彼女の部屋を訪ねる。
「お母さま。何でしょうか?」
「アマーリア。おまえは明日からは御前会議に出席するように」
「はいっ!? 私がですか?」
「そう言ったであろう」
「しかし、私の様な15歳の小娘が出席してもよろしいものなのでしょうか?」
「気にするでない。おまえは私の後ろに控えていて、思うことがあれば小声で私に囁くがいい」
相変わらず威厳のあるマリア・テレジアに、私は逆らうことができない。
「はい。承知いたしました。お母さま」
部屋を退出した私は深いため息をついた。
──はーーーっ。どうしてこうなった?
マリア・テレジアは思いのほか私のことを高評価しているのだろう。そして他家へ政略結婚に出すのではなく、おそらく手元に置くことにしたと推察される。
しかし、よりにもよって御前会議とは…
ハイレベル過ぎる。
私は知識だけはあるが、前の世界では社会人の経験はゼロなのだ。全く自信がない…
◆
翌日。
緊張しながら御前会議の部屋に早めに入る。
こんなに緊張したのは、生まれて初めてかもしれない。
カウニッツ様が声をかけてくださった。
彼は外務卿補佐官だから、補佐するために御前会議に出席するのだろう。
カウニッツ様が出席すると知り、少しだけ気持ちが楽になった。
「姫殿下。殿下の席はあちらです」
「どうもありがとう」
見ると巨大で豪華なテーブルと豪華な椅子が置かれており、お誕生席が皇帝夫妻の席らしい。私の席はその後ろの普通の椅子だ。
各宮中伯の補佐官たちも同様で、後ろに普通の椅子で控えていて助言をするのだろう。
椅子に座って待っていると、宮中伯たちとその補佐官が続々と入室してきた。
皆が私の方を一瞥するが、声をかけてくる者は誰もいない。
宮中伯たちがそろった頃合いに、カウニッツ様のお父様で宰相のヴェンツェル・アントン・フォン・カウニッツ=リートベルク様が入室すると、室内にいる者が一斉に起立した。
私も見習い、慌てて起立する。
いやでも御前会議の部屋は緊張の空気で包まれた。
「皆様。ご苦労様です」
宰相様が労いの言葉をかけて着席すると、合わせて一同は着席した。
そして、皇帝夫妻の入室である。
室内の者は、再び一斉に立ち上がると叩頭した。
「皆の者。頭を上げよ」というマリア・テレジアの厳かな声とともに、皆は頭を上げ着席する。
「では、会議を始める。議題のある者は逐次発言せよ」
というマリア・テレジアの言葉とともに会議が始まった。
──やはり。マリア・テレジアが実権を握っているのね…
私は現実を再認識した。
◆
現在の神聖ローマ帝国の名目上の皇帝は、マリア・テレジアの夫であるフランツⅠ世・シュテファンである。皇帝の地位を継ぐべき男子がハプスブルク家にいなかったため、この婚姻によりハプスブルク家はハプスブルク=ロートリンゲンという夫の姓との複合姓となった。
一方で、マリア・テレジアはハプスブルク家の本拠地であるオーストリア大公とハンガリー女王、ボヘミア女王を兼ねており、実質的な権力を握っていたのだ。
だが、事前の根回しにもかかわらず、実質的な女帝の誕生に対し、プロイセンを始めとする隣国の介入があり、オーストリア承継戦争が発生する。
これによって神聖ローマ帝国はシュレージェンの地をプロイセンに割譲させられた。
現在、シュレージエンをプロイセンから奪回すべく、後に7年戦争と呼ばれる戦争が継続しているところだった。
これに先立ち、マリア・テレジアは長らくフランス大使を務めた宰相様の献策を受け、ポンパドゥール夫人を通じ国王ルイ15世を懐柔して長らく対立していたフランスと同盟を結んだ。
続いて、プロイセンのフリードリヒⅡ世を嫌悪するロシア帝国のエリザヴェータ女帝とも、難なく交渉すると、同盟が成立し、プロイセン包囲網が完成した。これは3人の女性にちなんで「3枚のペチコート作戦」と呼ばれる。
この動きを察知していたプロイセンは、イギリスと同盟を結んでいた。
この動きに1754年以来のイギリス・フランス間の植民地競争が加わると、戦争は欧州列強を巻き込んだ世界規模の戦争に発展していた。
◆
御前会議では増税案について喧々諤々の様相を呈していた。
長引く戦争は帝国財政を逼迫させており、ハプスブルク家の私財を投入せねばならないほどの事態に陥っていたのだ。
マリア・テレジアは私に視線を向けた。
何か助言せよということなのだろう。
私はマリア・テレジアに近づくと「なりません」と一言だけ囁いた。
マリア・テレジアは微かに頷くと厳かに言った。
「増税の件はまかりならぬ。他の解決策を早急に検討せよ!」
「「「御意!」」」
懸案事項が先送りとなったことで会議は散会し、皇帝夫妻は退出した。
だが、室内はまだざわついていた。
「他の解決策などと…どうすればいいのか…」といった声が聞こえる。
するとカウニッツ様が私に視線を送ってきたので、私は頷きサインを送った。
一応、私の中に解決策はあるといえばあった。
後は、その策をマリア・テレジアが、そして帝国の官僚たちが採用するかどうか…それが問題だ。
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