第一話 望まない結婚

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「まあ本気になられるよりはマシだと思うべきか。好かれるのは面倒だからな」 「天地がひっくり返っても好きになることはあり得ませんので、どうぞご安心ください」  ついアルバイト中の自分で相手と接してしまうけれど、そうでもしない限り怒り狂ったように叫んでしまいそうだ。 「それは俺のセリフだ。決して俺に本気になるなよ。俺には愛する女が別にいるんだ」 「ええ、もちろんです。その女性を家に呼んでいただいても構いませんよ。私が誠意を持っておもてなしをさせていただきます。邪魔であれば、ずっと部屋に籠っておりますので」  相手には、愛する女性が他にいる。  それは結婚する前に一度会った時、相手から言われたことだった。  けれど私たちの両親がこの結婚を決め、子供に拒否する権利などなかった。  元々、私のお父さんと相手の父親がライバル企業の社長同士で、互いに手の内を探るため、よく会食を開いていたらしい。  いつしかライバル相手から、意気投合して良き同業職の仲間へと関係が変化していき、私たちの結婚が決まった。  そうすることで、他の同業職の会社に協力的な関係であることをアピールし、二社がさらに力をつけることができるという政略的な結婚である。 「お前と仲の良い夫婦を演じるなど、不安で先が思いやられるな」  その言葉に苛立ちを覚えたけれど、にっこりと笑って感情を必死で殺す。  私たちはあくまで仮面夫婦。  それ以上でも以下でもない関係を、少なくとも三年ほどは続けなければならないのだ。  それでも──と私は思う。 「私、こう見えて我慢強い人間なので安心してください」  目の前の男と離婚するためならば、良き夫婦を演じ抜いてみせる。  強い決意を胸に立ち上がり、これで話は終わりであると行動で相手に告げた。
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