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まだ心の準備が
中学3年の時、足の怪我が治っても、以前と同じように走るのは難しいと医者に言われた俺は、なら未練が残らないよう野球部のない高校に進学することに決めた。それなら中学時代のチームメイトに、変な気を遣われることもないだろうと思ったのだ。
でも…… 高校の入学式の日、俺はなんだか無性に寂しい気持ちに襲われた。俺が今までどれだけ野球に打ち込んできたか、俺がどれだけ真摯に野球と向き合ってきたか、知ってるヤツは誰もいないんだ。
今日から新しい人生を踏み出そう、そう頭では思ってみても、心は納得してくれないようだった。
そんなとき…… 俺はナツと再会したのだ。
***
校舎前に立つ俺とナツ。
「傘は俺が持つよ」
俺がナツに向かってそう言うと、
「ちぇっ」
と言って、ナツはつまらなさそうな顔をした。そしてナツは更に続ける。
「オマエ、いつの間にそんなにデカくなったんだよ。昔はアタシの方が背が高かったのに」
「お前、いつの話をしてんだよ…… 中学に入った頃には、もう俺の方が高かっただろ? それに小学生の頃だって、そんなに変わらなかったじゃねえか」
俺もナツも、野球小僧だった頃に比べるとずいぶん大人になったと思う。しかし、こうやって二人だけで話していると、お互い野球小僧だった頃のヤンチャな話し方に戻ってしまうのだ。
半ば強引にナツから傘を奪い、肩と肩がギリギリ触れそうな距離で、二人並んで歩き出した。すると隣を歩くナツが、珍しく真剣な表情で俺を見つめてきた。そして——
「あのさあ…… アタシ、前からルイに言おうと思ってたことがあるんだけど…… ビックリしないで聞いてくれる?」
な、なんだよこの展開? まさか…… 俺は冷静を装い言葉を放つ。
「お、おう。なんだよ?」
「じゃあ思い切って言うよ? あのさあ…… 実は……」
く、来るのか? やっぱり来るのか? でも、こういうのって、男の俺から言った方がいいんじゃないのか? ああダメだっ、もう間に合わない!!!
「実はサチさん家…… 中流家庭なんだ」
「………………………は?」
「え? ほら、ルイは優しいから、サチさん家の経済状況を慮って、傘を貸したのかなって思ったんだけど…… 違うの?」
「…………単に、手癖が悪いだけだろ?」
「えっ! なんで知ってんの? ひょっとして、オマエ、エスパー?」
まったく…… ナツと話してると退屈することがない。毎日が奇想天外だよ……
「なんだよ、アタシがボケたんだからツッコめよ…… なあルイ。オマエ、昔からマジメ過ぎるんだよ。バントとかエンドランのサインだって、直ぐに覚えたし」
「……それは直ぐに覚えなきゃダメだろ?」
ほら、ツッコんでやったぞ。でもこれはボケてるんじゃなく、素で言ってるんだろうな……
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