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きなこはピクンと耳を動かすと、体を大きく伸ばして、部屋を出て行ってしまった。
「今、そっちに行ったよ」
森緒君が答えても、もうお母さんは返事をしなかった。
お母さんは今何を考えているんだろう。私の顔は見えたはずだ。何度か学校で挨拶をしたことがあるから、きっと私が誰なのかは知っているだろうし、そのせいでパニックに陥っているのかもしれない。
「成功したってところかな」
森緒君は胡坐を掻いてから、猫と同じくらい大きく伸びをした。
さっきまでキスをしていたなんて思えないほど、森緒君はそっけない。私とキスをしたことなんて、彼にとってはたいしたことではないのだろう。
仕方のないことだ。森緒君は、私に恋なんてしていないのだから。私だってそうだ。もっとも、私の場合は建前上はだけれど。
「さあ、ここからが見ものだね。あいつらがどう動くのか」
森緒君の目に、静かな怒りが見えた気がする。
「笹野さんも家に帰ったら、しばらく会長のことを用心深く見張っていて。何かあいつらから、僕たちの関係を訊かれることがあるかもしれないけど、はっきりと答えちゃだめだよ。上手くはぐらかしておくこと」
「そうする」
「何かリアクションがあったら、もうひと押ししよう。そうすれば、あいつらもさすがに別れるよ」
森緒君は、私のお父さんのことを会長と呼ぶ。彼のお母さんのことは、あの人と言い、二人を合わせるとあいつらになる。なかなか敵意のこもった表現だと思う。
「わかった」
私はそっけなく答えた。だって私たちの関係は、ただの共犯者なのだから。ドキドキなんてしてはいけないのだ。
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