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森緒君に惹かれていることを自覚したのは、本屋での出会いだ。彼は新刊コーナーに立って、何かを熱心に読んでいた。私は森緒君と数回会話をしたことがある程度だったし、いきなり声を掛けるのには抵抗があった。
だから、そっと近くまで行き、彼が読んでいる小説が何なのか盗み見ることにしたのだ。私はそういったことに対して、罪悪感を持つような人間ではない。
驚くべきことに、その小説は私が本屋に来た目的であり、もう袋に入れられて手にぶらさげているやつだった。
とことん残酷でグロテスクなサイコパスホラー。とても趣味がいいとは言えない類の小説だけれど、私の大好物だ。
好青年の森緒君なら顔を顰めそうなものだ。けれど、実際の彼は、数分の間、熱心に悪い笑みを浮かべながら読んでいた。そしてパタンと閉じたかと思うと、棚に戻さずにレジに向かったのだ。
本屋を出た森緒君に声を掛けるのに、躊躇いはなかった。あの時の彼の悪い顔は、やっぱり気のせいではなかったのだから。
「森緒君?」
偶然を装い、私は声を掛けた。
「……笹野さん?」
「偶然だね。私も本を買いにきたの」
「へえ。そうなんだ」
森緒君は興味なさそうに答えると、さっさと歩きだそうとする。
「森緒君は何を買ったの?」
追いかけながら話を続ける。森緒君の迷惑そうな顔は無視をして。
彼が逃げたいのも当然だろう。本を見られたら、彼のイメージが崩れてしまうのだから。
「ただの小説だよ。笹野さんは?」
しかし、このあたりが、森緒君が優しいと言われる所以なのだろう。一応気をつかって、私にも訊いてくれる。
「私はね、これ」
ガサガサと書店のビニール袋から、今買ったばかりの小説を取り出すと、森緒君が驚いた顔をした。私がこんな本を読むとは想像していなかったのだろう。
「……僕もそれ」
「そうなんだ。私、こういうの大好きなの」
にっこり笑うと、森緒君の目に光が灯ったように思えた。
私が本の話をし始めると、彼もだんだん饒舌になり、私たちは公園のベンチに座って何時間も話し続けた。お互いの好きな、『世の中の悪いこと』について。
それから、時々学校の外で会うと、話をするようになった。内容はまあ、大概の人にはどうでもいいようなショッキングな事件や残酷な話についてだけれど。私の前で、森緒君は悪い顔をするようになった。それは、とても魅力的な顔だ。
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