私たちは恋をしない ―笹野夏菜子―

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 ところが今年に入って、森緒君と会うことが全くなくなった。クラスが変わったからだ。私は文系、森緒君は理系。教室は端と端で、授業が被ることもない。時折、姿を見かけることはあったけれど、彼はいつも爽やかでつまらない好青年だった。  森緒君と偶然出会ったのは真夏になってから、またもや本屋でのことだった。しかしどうしたことか、彼は私を見て露骨に嫌な顔をした。その上、そのまま歩いて行ってしまうではないか。 「待って、森緒君!」  律儀な彼は、一応足を止めてくれる。 「最近全然会わないね。新刊も出たし、森緒君と話がしたかったんだ」 「僕は笹野さんに話なんてない」  ぼそりと森緒君は言った。 「どうして。私、なんかしたっけ」  彼は何か言いたげな表情をしながらも、口を閉じたままでいる。 「何か怒っているの。勝手に怒っていないで言ってくれたらいいのに」 「別に、笹野さんに怒っているわけじゃ」 「じゃあ、何に?」  しつこく訊く私にうんざりしてなのか、元々腹が立っていたのか、森緒君は怒りを滲ませた声で言った。 「笹野さんの父親にだよ」 「私のお父さん? もしかして、PTAでうちのお父さんが、森緒君のお母さんにセクハラ行為でもしたの?」 「呑気なもんだな、笹野さんは。自分の父親と僕の母が不倫をしているっていうのに」  呆れ顔で森緒君は言った。でも、僅かに悪い笑みが口の端に浮かんだのを私は見逃さなかった。  不倫。最近よくニュースで見るやつだ。流行りなのかと思えるほどに。 「私たちの親は、不実の恋をしている」 「綺麗に言ったところで、一緒だと思うけど」  怒っている癖に、彼は私の目を見ない。自分の母親と関係を持った憎き男の娘を、わざと傷つけようとしたことに、罪悪感を持っているのかもしれない。しかし、私は両親が不倫していることなんかで、傷つくような心の持ち主ではないのだ。 「笹野さんの母親は気づいていないの?」 「多分。特に変わったところがないし。うちは、もうずっと前から冷めきっているから、お父さんがどこで何をしていようが、気にもしていないのかも」  お母さんは料理教室だの、海外旅行だのといつも自分のことで忙しい。お父さんなんて、お金を運んでくるコウノトリさんみたいなものだ。 「でも、不倫は困るんじゃない?」
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