私たちは恋をしない ―笹野夏菜子―

8/14

179人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
 森緒君の家でキスをした翌日、珍しくお父さんが私に話しかけてきた。来たよ、森緒君。どうやら、早速、罠にかかったようです。 「夏菜子、最近学校はどうだ。今年のクラスは上手くいっているのか?」  普段ならこんな質問に答える気はさらさらないけれど、今日は答えなくてはならない。 「クラスは普通。学校はまあまあ。友だちはできた」 「それは良かった。そういえば、お前。去年同じクラスだった森緒君と仲がいいらしいな」 「それなりに」  まだだ。餌にしっかり食らいついたのを確認するまでは待て、と森緒君から言われている。 「森緒君のお母さんがな」 「森緒君のお母さんと知り合いなの?」  私はあえて、怪訝な顔をしてみせる。 「ああ。PTAで一緒なんだが、この前、夏菜子が家に遊びに来ていたと言っていたんだ」 「うん。勉強しに行った。森緒君、頭がいいから」 「そうらしいな。それで夏菜子は……」 「何」 「いやその、森緒君と親しいのか? ほら、家に遊びに行くぐらいだから、もしかして付き合っていたりするのかと思ってな」  無言で見つめると、お父さんは視線を彷徨わせる。なんてわかりやすいんだろう、お父さんは。 「そうだったら、お父さんは都合が悪いの?」  明らかに動揺した顔をして、お父さんはテーブルに置きざりにしてあったスマホをポケットにしまった。どうやらスマホには、都合の悪いことが色々隠されているらしい。 「いや、お父さんは別に構わないけどな。でも適度な関係を心がけるんだぞ。まだ学生なんだからな」 「適度な関係って、どのくらいならいいの」 「それは、責任の取れる範囲のな。そのな……うん」  お父さんは煮え切らない返事をする。 「残念ながら、まだ森緒君とはそんな関係じゃないの」 「そうかそうか。これからも出会いは沢山あるだろうし、今は勉強を頑張りなさい」  ホッとしたのか、お父さんの引き攣っていた笑顔が少しマシになった。 「ああ、そうだ。ちょっとお酒を買ってくるよ。もし、お母さんが早く帰ってきたら、そう言っておいてくれ」  お父さんは、そそくさと出ていった。お酒なら、冷蔵庫にたくさんあるよとは、私は言わなかった。いないほうが私にとっても都合がいいからだ。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

179人が本棚に入れています
本棚に追加