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森緒君の家でキスをした翌日、珍しくお父さんが私に話しかけてきた。来たよ、森緒君。どうやら、早速、罠にかかったようです。
「夏菜子、最近学校はどうだ。今年のクラスは上手くいっているのか?」
普段ならこんな質問に答える気はさらさらないけれど、今日は答えなくてはならない。
「クラスは普通。学校はまあまあ。友だちはできた」
「それは良かった。そういえば、お前。去年同じクラスだった森緒君と仲がいいらしいな」
「それなりに」
まだだ。餌にしっかり食らいついたのを確認するまでは待て、と森緒君から言われている。
「森緒君のお母さんがな」
「森緒君のお母さんと知り合いなの?」
私はあえて、怪訝な顔をしてみせる。
「ああ。PTAで一緒なんだが、この前、夏菜子が家に遊びに来ていたと言っていたんだ」
「うん。勉強しに行った。森緒君、頭がいいから」
「そうらしいな。それで夏菜子は……」
「何」
「いやその、森緒君と親しいのか? ほら、家に遊びに行くぐらいだから、もしかして付き合っていたりするのかと思ってな」
無言で見つめると、お父さんは視線を彷徨わせる。なんてわかりやすいんだろう、お父さんは。
「そうだったら、お父さんは都合が悪いの?」
明らかに動揺した顔をして、お父さんはテーブルに置きざりにしてあったスマホをポケットにしまった。どうやらスマホには、都合の悪いことが色々隠されているらしい。
「いや、お父さんは別に構わないけどな。でも適度な関係を心がけるんだぞ。まだ学生なんだからな」
「適度な関係って、どのくらいならいいの」
「それは、責任の取れる範囲のな。そのな……うん」
お父さんは煮え切らない返事をする。
「残念ながら、まだ森緒君とはそんな関係じゃないの」
「そうかそうか。これからも出会いは沢山あるだろうし、今は勉強を頑張りなさい」
ホッとしたのか、お父さんの引き攣っていた笑顔が少しマシになった。
「ああ、そうだ。ちょっとお酒を買ってくるよ。もし、お母さんが早く帰ってきたら、そう言っておいてくれ」
お父さんは、そそくさと出ていった。お酒なら、冷蔵庫にたくさんあるよとは、私は言わなかった。いないほうが私にとっても都合がいいからだ。
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