私たちは恋をしない ―笹野夏菜子―

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『もしもし』 森緒君はすぐに電話に出た。 『今いい?』 『うん、あの人はコンビニに行くとか言って、出ていったから』 『さっきお父さんに森緒君と付き合っているのかって訊かれた。だからまだそういう関係じゃないって言っておいた。その後すぐにお酒を買いに行くって出ていったから、多分森緒君のお母さんに連絡しにいったんだと思う』 『ああ、それで慌てて出て行ったのか』 『お父さん、かなり動揺していたみたい』 『それにしても、思った以上に早く伝わったところを見ると、あいつらは日常的にやりとりをしているみたいだね』 『お父さん、すぐにスマホをポケットに入れていたから、何かでやりとりしているのかもね』 『そっちは僕が調べておくよ。それで、今週の水曜、笹野さんはまた僕の家に来ることはできる?』  森緒君はお母さんのPTAの予定表をこっそり写真に取ったらしく、しっかりと会議の予定を把握している。 『うん。えっと、アレだよね』  アレについては事前に彼から説明を受けていた。ちょっと口に出すのは憚られる行為だ。 『そう、まあフリだから気楽に』  男の子の部屋で、お父さんたちがしている真似事をするのだから、たとえフリだとしても気楽には無理だよ。森緒君。  つっこみたくなったけれど、『制服のままでいい?』と、私は冷静なフリをして答えた。 『どうせあの人は、僕がいないうちに部屋の中をごそごそ漁るだろうから、アレも買っておくけど、フリだから心配しないで』 『一緒に買いに行こうか』 『いいよ。一人で買うから。じゃあ、水曜日に』 『うん、また』  電話が切れたあと、私は森緒君の言うアレがなんだったのか、一人で考えていたけれど、よく分からなかった。グロテスクなことなら任せてと言えるけれど、エロティックなことにはまるで疎いのだから仕方がない。
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