僕らの関係

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 花名にはずっと想っている人がいる。  ニューヨークで活躍するジャズピアニストの早川冬吾、それが花名の好きな人。  昔、僕と彼女の通っていた塾の講師でもあったから、僕は彼のことを一応早川先生と呼ぶ。だけど、少しも尊敬なんてしていない。  ピアノは確かに国際的に通用するレベルだし、最初塾の講師だなんて思えなかったくらい見た目も整っている。トリリンガルだし、大して儲からないはずのジャズミュージシャンの癖に、金に困っている様子もない。どうやら花名の話では、フランスの国民的ジャズシンガーだと評される、マダム・ツバメの息子らしい。  何から何まで気に入らない先生だけど、花名のことを本当に大切に想っていることは知っている。普段は何事にも動じなさそうなフリをしている癖に、彼女のこととなると、少し挑発しただけで乗ってくるのはどうかと思うけど。  先生もまた、昔LazyBirdで演奏していたひとりだ。芦住マスターは、冬吾は日本人で一番のピアニストだと言う。そんなところも気に入らない。  先生と花名が離れ離れになっていた間、僕は花名の一番近くにいた。彼女の友人としてだけど。  どれだけ長い時間を過ごしても、花名の気持ちが僕に靡くことはなくて、僕の手を取ろうとはしてくれなかった。  正直辛い日々だった。ふたりが離れ離れになっている今なら、もしかしてという気持ちがなかったわけじゃないから。僕と先生に、それほどの違いがあるのかと比較したりもしたけど、花名にとって僕は先生にはなり得ない。それだけのことなんだろう。  多分、ふたりは再会を果たしているはずだ。無事に会えていれば、もう僕の出る幕なんてない。  
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