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「葉くん! 園原さんもうすぐ着くって」
トントンと強く肩を叩かれ、僕は顔を上げた。いつの間にか、カウンターに突っ伏して眠っていたらしい。
「お水でも飲んで酔いを醒ました方がいいんじゃない?」
コトンと音がして、目の前に水の入ったコップが置かれた。
「あ、すみません……」
「よく眠れるね。こんなにうるさいのに」
楓さんは目を擦る僕を見て、呆れたように笑っている。
「お酒、飲みすぎたんじゃないの」
「二杯しか飲んでいないですよ」
「葉くん、お酒弱いんだ」
「そうでも無いと思うんですけど。園原さんが来ると思ったら、緊張したのか酔いが回るのが早くて」
「それはわかるなあ。昔、早川さんがまだ学生の頃、店を閉めたあとに、マスターと早川さんのセッションに混ぜてもらったことがあるんだけど、もうめちゃくちゃ緊張して、ボロボロだったんだよね。ふたりして面白がっている感じで、恥ずかしかったな。まあいい経験にはなったけど」
懐かしそうに遠い目をして楓さんは言う。
「え。楓さんって、楽器をやっていたんですか」
「知らなかった? テナーサックス。最近吹く暇がなかなかないから、ヘッタクソになっているけどね」
「へえ。テナーですか」
「以外?」
「いや、そうでもないかな。他の楽器だとしたら、ドラムとか似合いそうですけど」
「ドラムは残念ながら、まったく叩けないな。あ、来た来た!」
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