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僕らの関係
「葉くんは、なんでずっとあの子のことが好きなの?」
今の今までベッドに突っ伏していた楓さんは、のそりと起き上がると、僕に背を向けながら下着を着け始めた。
「早川さんの彼女。花名さん」
僕が答えなかったら、ご丁寧に名前まで言ってくれた。
「今、それ訊く?」
僕は寝転んだまま、さっきまで汗ばんでいた、彼女の肩甲骨を眺めている。
「いつ訊いたって同じじゃない。それとも葉くんは、訊くタイミングで答えが変わるわけ」
冷めたことを言いながら、彼女はベッド脇のサイドテーブルに置かれた煙草に手を伸ばす。
「また吸うの? 肺をやられるから止めなよ。サックス吹けなくなるって」
僕は先に煙草に手に取り、楓さんから遠ざけた。
「葉くんみたいにプロ目指しているわけじゃないから、別に問題ないよ。返して」
「だとしても吸いすぎ」
煙草を渡そうとしない僕に、彼女は手元にあった枕をぶつけてきた。
「うわっ」
枕からは楓さんと煙草の匂いがした。枕だけでなく、部屋中に煙草の匂いは染み付いているんだけど。
怯んだ隙に煙草も手から抜き取られてしまい、彼女は既に口に咥えていた。
「時々子どもみたいなことするよね。楓さんって」
楓さんはキインと音をさせて風防を開け、オイルライターのホイールを親指で強く擦った。
煙草を咥えた彼女の薄い唇が炎に照らされている。彼女が吸い込むと、煙草の先端が赤く燃え、チョコレートみたいな甘い香りが漂い始める。吐き出された白く濁った息も、もちろん甘い。
甘いものなんて滅多に口にしない癖に、楓さんは甘い煙草を吸う。
頻繁に吸う割に彼女が煙草を吸っている時間は短い。ほとんどは手に持ったままか、灰皿の上で燃えているだけだ。
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