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カウンターの椅子から下り、僕は緊張しながら、園原さんとマスターの前まで歩いていった。
「こいつ、葉って言うんだけどな。相馬櫂さんの息子で」
マスターが僕の肩を叩いて言う。
「あー! Mフィルの首席ホルン奏者の。似ていますね。葉くん、はじめまして。園原です」
差し出された手を僕は慌てて握った。かなり大きな手だ。
「はじめまして。相馬葉です。今、園原さんの母校に留学していて」
「後輩なんだ。順調?」
「あ、はい。それなりに」
大学に関するいくつかの世間話をしてから、園原さんはケースを床に置き、ウッドベースを取り出した。
ケースには、サインがいくつか入っている。
「サイン、気になるかな」
「あ、はい。誰のかなと考えていました」
「これは、――とCDを出した時に書いてもらったもので」
「マジっすか」
「こっちはジャズフェスで――に会った時に……」
名だたる有名ジャズメンの名前がいくつも出てくる。ただでさえ遠く感じていた園原さんが雲の上の存在に思えてきて、緊張が高まっていく。
「さてと、僕もセッションに入れてもらおうかな。いいですか、ズミさん。飛び込み参加して」
「ああ、さっきから学生がざわついているからな」
「あ、あの。僕もいいですか!」
ケースを隅に寄せて、床に置いたウッドベースを抱えた園原さんが、こっちを見て綺麗に口角を引き上げた。
「後輩のお手並み拝見といこうかな」
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