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「おーい。葉くん、起きなよ。もう帰るから」
目を覚ました僕の顔の横にゴトンと置かれたのは、今度は水じゃなくてトランペットのケースだった。
「……ほんと、よく眠れるね。睡眠不足?」
頭がぼんやりして、ここがLazyBirdだと気づくまでに少し時間がかかった。
ああ、楓さんか。
「確かに最近あまり眠れていないかもしれないですね。時差ボケもあると思いますけど」
そう言いながら店内を見回すと、またあくびが出た。店内にはもう誰も残っていない。
「楓さん、マスターは?」
「園原さんを送っていったから、今日はもう帰ってこないけど」
「あー、しまったな……。園原さんにも挨拶し損ねた」
「ふたりとも帰り際に、こんなところで眠れるなんて大物だなって笑っていたけどね」
「かっこわる……」
「眠れないの?」
すっかり流れたと思った話を、楓さんが引っ張っり戻してきた。
「どうして? 何かあった?」
彼女は矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。
「最近ひとりだとなんか寝付けないんですよ」
目を擦ってから顔を上げると、楓さんが苦虫を噛み潰したような顔で僕を見ていた。
「うわー、モテ発言」
「ああ、違いますよ。ってか、何想像しているんですか。楓さんって結構」
「ちょっと。だって、なんかそういう言い方だったでしょ。別に想像なんてしてないから。ねえ、そういう笑い方されるとムカつくんだけど」
慌てた様子で言い訳をする楓さんが、なんだか可愛らしく見えて、僕はついにやけてしまっていたらしい。
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