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「そんなに慌てる方が逆に怪しいですよ。僕が言ったひとりはそういう意味じゃなくて、ガヤガヤしている空間の方が眠れるという意味です。誰か人がいたりすると、物音がするじゃないですか。それが丁度良くて。静かだと無駄に考えごとをしてしまうんですよ」
「だからって、爆音の中で眠れるのは流石に変じゃない? それだけ眠いってことでしょ。葉くん、隈が酷いし、最近まともに眠れていないんじゃないの?」
楓さんはカウンターの向こうから手を伸ばし、クイッと僕の顎を指で持ち上げ、顔をジッと見つめた。
思いがけない行動に、ドキッとしてしまったなんて言ったら、何言ってるのと笑われそうだな。
僕から離れると、楓さんはギャルソンエプロンを外して、厨房の奥へと入っていってしまった。
で、僕はここからどうやって帰るんだ。タクシーを呼ぶしかないか。
「ねえ、人がいれば眠れるの? どこでも」
トランペットケースを持って立ち上がった僕に、厨房の奥から楓さんが話しかけてきた。同時に電気が消えて真っ暗になった厨房から、楓さんが戻ってきて、カウンターのスイングドアを押し、フロアに出てきた。
「ええ。多分、床でも眠れますね」
「じゃあさ……、うち来る?」
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