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「ちょっと、離してよ」
睨むような表情はしているものの、楓さんは手をほどこうとはしない。
「楓さんは、寂しくなったりしないんですか。僕のことを心配してくれたのは、同じように眠れなくなったことがあるからかと思ったんですけど」
「それは……」
図星だったのか、楓さんは押し黙ってしまった。
「楓さんが嫌なら、マスターや周りの人に言ったりしないですし」
「そんなことを言っているんじゃなくて」
そう言いながらも、僕がマスターと口にしただけで楓さんの身体はピクリと動いた。
本当に好きなんだな。マスターのことが。
「僕のこと、マスターだと思っていてもいいですよ」
「何言ってんの。そんなの馬鹿げてるよ。葉くん、眠れなさ過ぎて、どうかしちゃっているんじゃないの」
完全にうろたえている様子の楓さんを見ているのは楽しい。
「まあ、どうかしているというのは認めます。結構限界だなと自分でも思っているんで。だから、こうやってお願いしているんですけど」
「お願いする態度じゃないでしょ」
「だって、手を離したら、楓さん逃げちゃいそうですし。僕、楓さんのこと、結構好みなんですよね」
楓さんの顔が、急に赤みを帯びていく。
ああ、新鮮だな。花名は僕が何を言ったって、困っているという顔しかしないから。
「嘘ばっかり。花名さんと全然違うでしょ」
「別に花名は好みとかじゃないんですよ。本当は年上の方が好きだし。楓さんは、芦住マスターが好みなんですか? 随分渋い趣味だと思うけど」
「うるさい。別に見た目が好きだとかじゃないの」
「僕だって同じですよ。なんで好きなのか理由がつくような恋だったら、とっくの昔に諦めてる。理屈じゃないんです」
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