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目を瞑ると、楓さんの手首から僕の親指を小さく叩くような拍動が伝わってきた。想像よりも脈は速い。
「10……9……」
必死だなと思った。平気だと自分では思っていたつもりだったけど、楓さんの温もりを今は強く求めている。いつから僕はこんなに、誰かに求められたいと思っていたんだろう。いや、求めたいのかもしれない。求めてはいけないんだと思うことに、僕は疲れていたんだろうか。
「5……4……3……」
楓さんは今、どんな顔をしているんだろうな。呆れているか、困っているか。
楓さんは変に真面目そうだから、やっぱり無理だったかな。なんとなく、楓さんなら好きになれそうな気がしたのに。
「2……」
最後の数字を口にしかけた僕の口を塞いだのは、ウイスキーの香りのする唇だった。
躊躇いがちに触れた唇に、楓さんがまた逃げてしまいそうに思えて、僕は目を瞑ったまま彼女の手首を引き、強く唇を押しつけた。
彼女の唇の間から震えるような息が漏れると、僕の身体の熱は一気に上昇していく。テーブルが身体の間に入っているのがまどろっこしく感じるほどに。
僕は楓さんの後頭部に手を当てて、何度も唇を重ねた。
迷いがあるように思えていたけど、先に口内に入り込んできたのは楓さんの方だった。
混じり合う吐息や、舌の触れ合う感覚に溶かされていくように、僕の頭の中は冷静さを失っていく。
楓さんはたしかに僕を求めてくれている。マスターの代わりでもなんでもいいと思った。僕は夢中で楓さんを求めた。
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