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部屋の扉に背をつけ、立ったまま目を閉じた。建物が大通りに面していることもあって、ひっきりなしに車の音が聞こえてくる。
最近、移動中や待ち時間はこうして目を閉じていることが多い。少しでも睡眠を取りたくて、僕は無駄な努力をしている。
しばらくして、一瞬意識が飛びそうになった。けれど、すぐに意識が浮上してしまった。
このくらいうるさければ眠れるかもしれないと思ったけど、やっぱりダメか。
ここのところ家のベッドに寝転がっても、寝付けないまま時間が過ぎていく。空が明るくなってくると、ようやく眠れるけど、寝るというよりは、限界に達して落ちるというのに近く、浮上しては落ちてを繰り返している。
疲れたな。
背をつけたままずるずるとしゃがみ込み、目を開ける。当然だけど、楓さんの姿はまだない。
こんなところに座っていたら、楓さんに怒られるかもしれないな。でも、今は立つ気力がおきなかった。
もう一度目を瞑り、楓さんの部屋の中を思い浮かべた。殺風景な部屋の中に流れだしたのは、よく楓さんが掛けているFREDDIE REDDのツインサックスのバラードだった。
マスターと一緒に練習していた曲だと嬉しそうに話していたからか、僕はこの曲を聴くたびに疎外感を覚える。
わざわざ口にはしないけど、トランペッターじゃなくてサックス奏者だったら楓さんはもっと僕に興味を持ってくれたんだろうかと考えることもある。
マスターの吹くアルトサックスの音色に心を持っていかれたんだと彼女は言っていたから、そう思うのかもしれない。
僕は楓さんと一緒に演奏したことなんて一度もない。演奏したいと言われたこともない。今も楓さんにとって僕は、店に来る演奏者の一人でしかないんだろうか。
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