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「楓さんさ、今日はどうして僕を家に誘ってくれたの? 別れ話をするためだった?」
「違う! そうじゃなくて……」
そうじゃないというくせに、楓さんは一瞬僕の方へ向けた瞳をすぐに逸らしてしまう。
「いいよ。楓さんに避けられているのは気づいていたから。僕が悪かったんだしね。本気になって楓さんを困らせたりしないって言ったのにごめんなさい」
「葉くん。……私」
「もう、楓さんも辞めたらいいのにな。マスターのこと好きでいるの。そしたら、僕らは普通のカップルになれる」
楓さんを困らせるだけだとわかっているのに、僕の口からはろくな言葉が出てこない。まるで別れたくないと駄々をこねているみたいだ。
「本当になれるのかな……。私と葉くん」
黙ってしまうかと思っていたのに、楓さんは呟くように口にした。
「どうしたの。楓さん、マスターに恋人ができて弱気になってる?」
懲りないなと思うけど、一時の気の迷いでも僕を見てくれたらいいと思ってしまいそうになる自分がいる。
「葉くんを避けていたのは、少し前からマスターが絵莉さんのことを好きなんじゃないかと気づいていたからだったんだよ」
「どういうこと?」
「もうマスターのことを諦めなきゃいけない時に来ているんだと思っていたら、葉くんに頼り過ぎそうで。そうなると困るでしょ。だから会わない方がいいかなって」
「なんで困るわけ。楓さんが何を言っているのかわからないよ。言ったよね。僕はもう花名にフラれてきて、彼女のことは諦めることにしたんだって。困るわけがない」
「だって葉くんの相手は私じゃなくても、たくさんいるから」
前も言っていたな。フリーになったら、僕が誰とでも付き合えると楓さんは思っているんだよな。別に僕は誰でもいいんじゃないのに……。
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