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「……少し考えたいから、とりあえず離れて」
「前向きに考えてくれるなら、楓さんのこと解放するよ」
「ズルいよね。葉くんは。……わかった。前向きに考えてみるから」
腕を離すと、楓さんはさっきよりはまともな顔をしていた。
「楓さん、今日やっぱり帰らなくてもいい?」
「だから、今日は」
「違う。本当にそういう意味じゃなくて、ちょっともう限界っぽくて帰れる気がしないんだ」
別れなくて済んだという安心感からなのか、緊張が途切れたせいなのか、急激に猛烈な睡魔が襲ってきている。
「玄関でいいから寝かせて欲しい」
「また眠れていないの? ちょっと待って! 目を閉じないで。玄関で寝るとか絶対にダメだから」
耐えきれずしゃがみ込もうとした僕の手を楓さんが掴んで引っ張り上げようとする。
「葉くんなんか、私引きずっても運べないんだから、ベッドまで行って。ほら、靴脱いで」
まるで母親に怒られているみたいだなと思いながら靴を脱ぎ、僕は廊下を歩き出した。波にでも浮かんでいるみたいに、世界がゆらりゆらりと揺れて、なんどか肩を壁にぶつけた。
「あとちょっと頑張って。いい? 私、すぐにシャワーとかしてくるから、先にベッドで寝ていて。そこら辺で寝ないでよ」
僕から楓さんが離れていくと、足が動かなくなって、僕はリビングの端に壁にもたれかかるように座り込んだ。
少しだけ……。そう思った時には、意識が急激に遠のいていった。
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