88人が本棚に入れています
本棚に追加
しばらくして、フランス旅行から帰ってきたマスターは、もっさもさの髪や髭がなくなって、別人のようにすっかり男前になっていた。向こうで会ってきた友人に無理やりイメチェンさせられたらしい。
服装も以前よりオシャレになっていて、LazyBirdに出入りするミュージシャンの中では、あまりの変化に結婚前提に付き合い始めたらしい恋人の影響に違いないとしばらく噂になっていたほどだ。
そんなマスターの姿を目にしたアキさんはというと、店の中ではいつもと変わらないように見えたけど、毎日仕事が終わると明らかに落ち込んでいたようだった。
訊くと今日はやめておくと言われるから、僕は何も言わずにアキさんの家によく行った。葉くんはまた、とちょっと怒ったような顔をするものの、アキさんは僕のことを追い返すことはなく、僕らは一緒にウイスキーを飲んで、その味を確かめ合うようにキスを交わし、お互いの傷を慰めあいながら抱き合った。
部屋から煙草の臭いが消えだしたのに気づいたのは、アキさんがやたら飴を舐めるようになったからだ。
本当に少しずつだけど、アキさんはマスターを自分の中から消そうとしているように思えた。
でもまだ、彼女のマスターに対する想いは消えてくれないらしい。消えなければ、アキさんは付き合わないつもりなのかもしれない。僕みたいにズルくないから。
僕もずっと自分の部屋に飾ってあった花名の写真を片付けることにした。飾っていたこと自体、最近は忘れてしまっていたくらいだったけど、自分の気持ちにケリをつける意味でも飾っておくのがいい行為では無いように思えて。
ただ、一枚しかない写真を捨てるのはさすがに躊躇われ、僕は引き出しにいれて鍵をかけることにした。まだ鈍い痛みを胸に感じたから、捨てられなかったのかもしれない。いつか写真を見ても、何も感じなくなればいいと思った。
最初のコメントを投稿しよう!