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ジャズストリートから帰ってきてから一週間ほど経った頃、園原さんの方から電話があった。
茅野さんが言っていたように、OVERFLOWのホーンセクションの話だったけど、園原さんはもうニューヨークに戻っていて、しばらく日本に行く予定がないから今回は残念だけどまた機会があればということだった。チャンスを逃したくなかった僕は、勢いでそっちに行くので時間を作ってもらえないかと、こっちからお願いしてしまった。
「じゃあ、葉くん。園原さんに演奏を聴いてもらうためだけにニューヨークに行くの? オーディションを受けに行くみたいな感じ?」
アキさんは、びっくりしたのか目をぱちぱちさせている。
「無謀かな。園原さんも、そこまでしてもらうのはってちょっと引いていた気がするけど、そこは鈍感になることにした」
「あはは。自信家の葉くんらしい。前から園原さんと一緒に演奏したいって言っていたもんね。チャンスがあるなら、行く方がいいのかも。頑張っておいでよ。でもいいなあ、ニューヨーク。私も行ってみたい」
「じゃあアキさんも行く? 一緒に」
アキさんと呼ばれることに最初慣れない様子だった彼女も、最近は自然に受けいれてくれている。
「無理だよ。そんなに休めない。この仕事をしていたら、旅行なんてできないと思う。ごめんね」
マスターはフランスに行ってきたよねとは言わないことにした。アキさんには、あまり思い出させたくない話だから。
「そっか。残念だな。今のうちにアキさんを堪能しておこう。で、そろそろ決心ついた?」
テーブルの向こう側に手を伸ばして指を絡めると、アキさんはいつも通り困った顔をする。
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