88人が本棚に入れています
本棚に追加
「花名、久しぶりだね」
少し顔が強張っているような気がしたけど、できる限りの笑顔を作って僕は花名の隣に立った。
「奇遇だね。こんなところで会うなんて。花名は今この辺りに住んでいるの?」
花名の顔からは再会の喜びの表情が消え、戸惑いが浮かんでいる。
「……ううん。近くにある音楽院に通っているから」
「そっか。元気だった? 無事先生には会えたのかな」
「うん」
彼女はほんの少し口元を緩めてはにかみながら頷いた。その表情に胸の奥がズキンと痛む。
そっか。上手くいっているんだ。
「そう、良かったね」
良かったなんて少しも思っていないのに、心の中とは裏腹な言葉を僕は口にした。
「相馬くんはどうしてここに?」
「LazyBirdの芦住マスターの紹介で、ベーシストの園原佑一さんに会いに来たんだ。バンドのことでね」
花名は驚いた顔をしている。この様子だと、僕が来ることは花名も知らなかったんだな。だとしたら、なぜ園原さんは花名を呼んだんだろう。
それとも、隣の女性は園原さんとは関係ない人で、花名とは知り合いなだけなんだろうか。だけど他に日本人女性なんていないように思う。
「あ、やっぱりそうなんだ! 私、園原の代理の樫野と言います。園原は少し遅れるそうなので、お待ちいただけますか?」
花名の隣に座って僕らの様子を見ていた女性が、にっこりと笑って立ち上がり、僕に握手を求めた。
やっぱりこの人が代理人なのか。そうなると、どうしているのかはわからないけど、しばらく花名とも一緒にいることになるんだろうな。
平気なフリをしてやり過ごすしかない。
最初のコメントを投稿しよう!