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ふたりは船と船とのあいだの通路を通り抜け、その空間の、いちばん深い位置――
底なしの青の虚無、その、空にむかって切り立つデッキ部分に立った。
「昔はここから、空に出て行ったらしい。また、外から来た船を、ここに迎えた。けっこうそれなりに規模はある。おそらくかなりの行き来があったろう。この都市のメインの発着所のひとつ―― だったんだろうな。おそらくは」
ザークが言い、二人の正面にと開けた、その、青の広がりに視線を向けた。
「でも、今はもう、使っていないのですね?」
「ああ。見ての通り。もう何十年も、使ってないらしい。まだ飛べそうなやつも、ぽつぽつある。もったいないことをする」
「ここが、その、景色の良い場所、ですか?」
「ああ。そうだ。ここには何もないだろう。ここに立って、こうやって見ると――」
男が、やや低い角度でふりこむ午後の光に目を細めながら言う。
「何もない。ただ、空がある。シンプルだろう?」
「そうですね。」
娘がうなずき、それから何歩か、軽い足取りで空間の終わりの方へ―― 奈落に面した、デッキのいちばん端へ、足を進めた。
「お、おい。それより先に行くな。落ちても、おれには助けられ―― って、おい! 聴いてんのかよ! おい! そこ! 立つな! 危ないって!」
ザークが動揺した声を出す。
娘はいま、あと、もう半歩ふみだせば、真っ逆さまに空へと落ちてゆく――
その位置に。
何のためらいもなく、平然と、二つの足で立っている。
男に背中を向け、そこから空を、興味深げに眺め、そして――
「おい! 際に立つな! 風にあおられたら、おまえ、それ――」
「え?」
娘がむりむき、
そしてバランスを、崩す。
娘の体が、ゆっくりと後ろに、傾き――
そして、消えた。
ひとつ瞬きする間に、デッキの外の、青い奈落へと。
「うわあああああ!!!! おまっ、だから、おれが言っ――」
ザークがそこに膝をつき、這いつくばるような姿勢で、必死でデッキの終端部まで這い進み、頭だけ出して、その、いま娘が消えた奈落の下をのぞきこみ――
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