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「おまえ、女と組んだらしいな」
「む?」
「しかも美人だ。新人の砲手。だろ?」
「――つまらん話だな。だいいち見た目は関係ないだろ。飛べるかどうか、どれくらい撃てるのか。そこが大事だ。容姿は二の次だ」
「まあだが。ちょっと普通じゃないって聞いたぞ」
「普通じゃ? 何?」
ザークがはじめて、ベルザードの方に目を向けた。
淡い灰色の瞳が、わずかに細められる。
「人間じゃないと。そういう話を聞いたな。異種族、ってやつか?」
「異種族、か」
ザークが言葉を繰り返す。その言葉の重みを確かめるかのように、もういちど、唇の奥でつぶやく。異種族、と。
「ま、あながち間違いでもないかもしれん。とんでもない魔力を持ってる。あれはまあ、まともな人間じゃないと。言ったらそれは、当たりだな」
「やはり、そうか。北のフィールドじゃ、あっさり竜を四つも落としたっていう――」
「三つだ。話に尾ひれがついている」
「三つでも、だ。普通は落とせんだろう。単機なら、防戦回避が手一杯のところだ」
「まあだが、小さかった。あのサイズなら、機械砲でも火力がそこそこあれば落とせるだろ。しかも正確に言えば、完全に落としたわけじゃない。ただ、遠ざけただけだ」
「ずいぶん謙遜する」
「謙遜じゃない。事実だ。まあしかし、いま、何時と言った?」
「十九時だ。ぜったいに遅れるなと。通達がきたよ、さっき」
ベルザードが言って、まとまりの悪い、いささか長いその黒髪を、バサバサと右手でさわった。その意図が、髪をまとめたいのか、その逆なのか。いまひとつザークにはつかめない。
「いったい何の話だと思う?」
「おれにきくなよ」
ベルザードが両手を広げ、大げさに肩をすくめて見せた。
「まあ、だが、あまり良い感じはしないな。きっと面倒なことになる」
彼は言って、手元の飲料を傾けて一気にほとんどを飲み干した。
「そう思うか?」
「ああ。それほど良い話でないのは確かだろう。そんな気はする。ま、だいたいにおいて貴族が庶民相手に何かをするときには、それほど楽しいイベントは期待できない。だろう?」
「ん。ま、違いない。とは言っておくが」
ザークが言い、機体の胴部に背中をもたせかけたまま、自分のかかとのあたりに視線を落とし、それから、ふと、視線を上げた。
その視線の先、いま、大きな飛行音をたてて空から降りてくるのは――
『ルググス』の名で知られる小型の戦闘艇。三機が、そろって降りてくる。その後方に、さらに大きな編隊が。そちらは十数機から二十機ほどはあるようだ。
「あれはどこのだ?」
ザークがギュッと視線をしぼる。最初の一機がメインの滑走路に接地した。とてもスムーズな着地。模範的な操作として教練書に乗せても良いくらいだ。
「わからんが、南の、シュア共和国あたりじゃないのか? ルググス自体、今ではめったにお目にかかれない。しかもあれは、たぶん、古い方のバージョンだろう? あれを今でも飛ばし、なおかつ二十以上を保有すると言えば、おのずと限られてくる」
「おれも昔、乗っていた」
「そうか?」
「ああ。あれよりひとつ、新しいモデルだったが」
ザークがわずかに首をうごかした。
「悪くない機だ。なんかこう、しっくりくるものがあった。作りがシンプルなのがいい。素直に動いてくれる、というか。こっちの意図を、きちんと忠実に反映する。あれを設計したやつは、なかなかの天才だ。動力をうしろに持ってきたのは、奇抜に見えるが、きわめて合理的だよ」
「ふ、設計屋みたいなことを言う」
「普通に感想を言ったまでだ。しかし、わからんな。わざわざ、シュアの軍機までが、そろってここまで来てるとなると――」
ザークが右手の親指の爪を、無意識に軽く噛んだ。何かを深く思考するときに、無自覚に出てしまう動作だ。今も本人は、その動作自体に気づいてもいないだろう。
「わからん。その伯爵って人が、いったい何を考えているのか――」
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